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11月3日



「うん。でも、多分受取ってくれないから」
 そう言った瞬間、失敗したなと、雨竜は心の中で舌を打った。
 一護は恐らく、雨竜が誰かに懸想しているということに気が付いただろう。その相手がまさか自分だとは思い至らないだろうが。
 けれど同時に、頭のどこかでこうなることを計算していたことも事実だ。
 こう言えば、優しい黒崎のことだから、きっと同情くらいはしてくれるだろう。あわよくば、その延長で罰ゲームという理由がなくても少しくらいは気にかけてくれるかもしれない。
 そこまで考えた自分に、吐き気がした。彼の優しさに付け入るような真似をするなんて、最低にも程がある。
「それで、一体僕は何を教えればいいの?」
 雨竜は一護に気付かれぬように息を吐くと、場の雰囲気を変えるように声をかけた。さり気なく、編みかけのマフラーをテーブルから下ろすのも忘れない。
「じゃあ、まずは数学から頼めるか?」
 ここに来たのも罰ゲームのためで、勉強を見てくれなんて言ったのも口実に過ぎないだろうに、一護は律儀に教科書を持ってきている。
 そのことがなんだか可笑しくて、雨竜は頬を緩めた。
 全てを知って、それでも嫌いになるどころかますます一護を好きになる自分が、泣きたいくらいに可笑しかった。



 約束したように一通り勉強を教えて、時々普通の友人のような言葉を交わし、簡単な昼飯を振る舞う。
「おまえ、本当になんでもできるんだな」
 綺麗に整ったオムライスを前に、一護は感心したように小さく笑った。その笑みから無意識のうちに視線を逸らし、雨竜は努めて冷静に言葉を返す。
「別に、一人暮らしをしていれば自然にできるようになるよ」
「そうだとしても、やっぱ俺にはできねえし、すごいと思うぜ」
 本当に、心からそう思っていますというような声で言う一護に、雨竜は無防備な笑みを浮かべそうになった。けれど、次の瞬間には冷水を浴びせられたように心が冷えていく。自分では見えないが、きっと表情も強張っているだろう。
 だって、いくら一護が笑っても、優しくされても、それは演技なのだ。罰ゲームなのだ。
 わかっていて喜ぶなんて、あまりにも馬鹿げている。
「石田?どうかしたのか?」
 急に黙り込んでしまった己の顔を心配そうに覗きこんでくる一護に、雨竜は息を詰まらせた。けれどすぐにいつものように平静を取り戻し、何事もなかったかのように言葉を返す。
「なんでもないよ」
「そうか?もし具合が悪いんだったら、あんまり無理するなよ」
「……うん、でも大丈夫」
 雨竜はそれでも心配そうに自分を見る一護に、少しだけ笑って見せた。それを見届けた一護は、安心したような顔をして、ようやく目の前の料理に視線を戻す。
 本当は、わかっていた。
 雨竜は目の前で自分が作った料理を口に運ぶ一護を見ながら、心の中で呟いた。
 黒崎一護という男は、底抜けに優しい。きっと罰ゲームという理由が無くても、もしも自分が彼を拒絶さえしなければ、こんな風に接してくれていたはずだ。彼の友人である茶渡泰虎や浅野啓吾、小島水色のように。そして彼の懐の広さを考えれば、雨竜だって一護の友人というポジションに収まることは容易にできただろう。
 けれど、それだけでは足りなくて、もっと一護の目に映っていたくて、彼の特別になりたくて。恋人という存在に、なりたくて。それでその優しい手を突っぱねていたのは、他でもない雨竜なのだ。
 今更、罰ゲームでこんな風に優しくされるくらいならば普通の友人として優しくされたかったなんて思うのは、自分勝手にも程がある。
 いい加減にもう、覚悟を決めなければならない。
 雨竜は指が白くなるほど強く握りしめていた拳を、諦めたようにそっと解いた。



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