[携帯モード] [URL送信]
11月2日



「なあ、一緒に帰ろうぜ」
 部活を終え、靴を履き替えていた雨竜に声をかけたのは、黒崎一護だった。
 雨竜は思わず動作を止め、彼の顔を凝視する。しかし、どれだけ見詰め続けても一護は不思議そうな顔をするだけだ。彼が何を考えているのか、雨竜には読み取ることができない。
 昨日一日、一護は雨竜が想定したことを何もしなかった。いつものような軽い挨拶を覗けば、言葉も交わしていない。
 だから、罰ゲームなんてやっぱりなかったのだと、雨竜は密かに安心していた。演技だとわかっている言動に振り回されるなんて、あまりに惨めでみっともない。
 たとえ罰ゲームでも、自分とは話したくないのかと一瞬だけ思ったが、それは考えないようにした。もし本当にそうだとしたら、雨竜はきっと立ち直れない。
 いずれにしても、理由はわからないが一護は罰ゲームを断ったのだと、雨竜はそう思っていた。
 だから、まるで不意打ちのように誘われる意味が、雨竜にはわからなかった。
 なんで、今更そんなことを言うんだ。
 どきりと、嫌な風に心臓が鳴った。
「石田?」
 一護が不思議そうな顔のまま、雨竜の名前を呼ぶ。応えることはしないまま、それも当然だろうと雨竜は思った。一護は、雨竜が何も気付いていないと思っているのだ。いつもの雨竜なら、一護の誘いなどすぐさま断っている。そして彼も、多分そうなるのを想定して話しかけているだろう。それなのに何も反応しなければ、不審がるのも無理はない。
 そこまでわかっていても、雨竜は何も言えなかった。
 きっと、ここで断っても明日からは同じようなことが続くはずだ。もしかすると、話しかけられる回数は今日よりももっと多くなるかもしれない。それならばいっそ、騙されたふりをして、一護に近付いた方がいいのではないだろうか。気持ち悪いと思われようと、ホモだと軽蔑されようと、実は全部知っていたと言えば、笑い話にはなるだろう。
 そもそも、一護の傍にいれること自体、これまでの自分には夢のようだった。それを思えば、嘘の態度をとられるくらい、偽りの言葉を紡がれるくらい、なんでも無いはずだ。
 一週間後には、何事もなかったかのようにただのクラスメイトに戻ったとしても、少しくらいは傷付くかもしれないが、またいつものような生活に戻れる。
「……いいよ」
 雨竜がようやく返事をすると、言い出したはずの一護の目が、驚愕に彩られた。驚かれるだろうとは予想していたが、そこまであからさまだと、いっそ笑えてくる。
「え、いいのか?」
 雨竜の返事を確認する一護に、今度こそ雨竜は小さく苦笑して見せた。
 へたくそな演技だと、内心で思う。これではきっと、もし雨竜が何も知らなかったとしても、きっと訝しく思ったことだろう。
「なんで君が驚くんだよ。誘ったのは、君だろう?」
 その言葉に一護はまだ小さく言い訳めいたことを口走っていたようだが、雨竜は聞かないようにして歩き出した。
 そんな風になるくらいならば、罰ゲームなんて初めからやらなければいいのにと、雨竜は泣きたい気分でそう思う。
 もしも水色たちとの約束を守ろうとしているのだとしたら、思っていた以上に、一護は律儀で、馬鹿な奴だ。
 けれど、それに乗せられる自分がもっと馬鹿なことは、ちゃんとわかっている。
 雨竜はそこで、思考を止めた。これ以上考えても、所詮何も変わらない。意味のないことだ。
「早くしないと、先に帰るけど?」
 いつまでも動こうとしない一護にいい加減焦れて、雨竜は振り返り小首を傾けながら口を開いた。それを見た一護は、はっとしたように止めていた動きを再開させる。
「今行く!」
 小走りで駆け寄り、まるでこれが自然だとばかりに自分の隣りを歩く一護を横目で見ながら、雨竜は痛む胸に気付かぬふりをした。
 きっと、これでよかったんだ。
 自己暗示のように、雨竜は自分に言い聞かせることしかできなかった。



next

[*前へ][次へ#]

第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!