11月1日
いつものような、ただのゲームだった。男子高校生なら誰だってするような、ありふれたもの。
そして、それの余興とも言える罰ゲームだって、ありふれたものになる、はずだった。
天使の皮を被った悪魔がいなければ、の話だが。
一護は昨日の放課後を思い出して、思わず溜息を吐いた。
いくらゲームだとは言え、何故自分は軽々しく了承してしまったのだろうか。もしあれが女子生徒だったら、きっと断固として拒否していただろう。いくらゲームと言っても、罰ゲームなんかで口説いたりしたら、その女子生徒を傷付けてしまう。
それなら自分は、石田雨竜だったら傷付かないとでも思ったのだろうか。それとも、彼なら傷付いても構わないなんて、そんな最低なことを思ってしまったのだろうか。
どちらにしても、一護は自分の思考に吐き気がするような気持ち悪さを覚えた。
本当に、なんで昨日は頷いたのだろうか。今からでも、やっぱり昨日のあれはなかったことにしてくれと水色に言わなければ。
そう、思った時だった。
「おはよう、一護。朝から暗い顔してるね」
今の自分とは正反対の、明るい声だ。いや、明るいというよりはむしろ楽しんでいると言うべきかもしれない。もしくは面白がっている。
溜息を堪えながら声のした方へ視線をやると、案の定、そこにはにこにこと笑っている天使の皮を被った悪魔、基小島水色が立っていた。
そういえば、罰ゲームを提案した時も、同じような笑みを浮かべていたな。
そんなことが頭に浮かんできた今、一護にとっては彼の笑顔が禍の象徴ですらある。
「……おう、おまえは朝から元気だな」
一護がげんなりしながらも挨拶を返すと、水色はまるで全てお見通しとでも言うかのような言葉を口にした。
「やっぱり昨日のことは無し、っていうのは駄目だからね」
こちらの心情など完全に読まれている。
一護は思わず顔を引き攣らせた。
それでもここで引き下がるわけにはいかない。そう思って口を開こうとした一護を見透かしたかのように、水色は口を開いた。
「石田君なら大丈夫だよ」
「はあ?」
相変わらずの笑みでそんなことを言う水色に、一護の口からは間の抜けた声が漏れる。
自分の考えが読まれるのはいい。もう諦めている。というか今更なので、もう何も言わないことにした。
だが、石田君なら大丈夫、とはどういうことだろうか。自分の行動などでは、彼には傷なんて付けられないということなのか。はたまた、水色が彼と組んで何かを企んでいるということなのか。
「……どういう意味だよ、それ」
「一護が罰ゲームをきっちりこなしてくれたら、わかると思うよ」
それより、早く行かないと遅刻しちゃう。そう言いながら歩き出した水色の背を、一護は少しの間ぼんやりと見詰めることしかできなかった。
男を、まして可愛げがなくやたらと自分に突っかかってくる奴を口説き落とすなんて、無理に決まっている。どんなに本気でやろうとも、精々軽くあしらわれるだけだ。もしかすると、微妙に天然の入った雨竜のことだから、口説かれているということに気付かないかもしれない。きっと、やるだけ無駄だ。
けれど、水色の言葉が気になるのも事実だった。
それに、水色が大丈夫と言うのなら、罰ゲームに乗ってみるのも悪くないかもしれない。答えを出すのは、一日考えた後でも遅くないはずだ。
一護はそんな風に考えながら、すっかり遠くなった水色の背を追うことにした。
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