10月31日 聞かなければよかったと、雨竜はそっと溜息を吐いた。 そのようなことをするなど、馬鹿らしくて、愚かで、浅はかだとしか言いようがない。何が楽しいのだろうか。理解しようとさえ思えない。けれどそう思うのは自分だけで、この年頃の男子高校生ならばよくやっていることなのかもしれない。それを確かめる機会は、多分永遠に来ないだろうけれど。 雨竜はもう一度、先程よりも長く溜息を吐く。 肋骨の奥が軋むのは、気のせいだと思いたかった。 昼間では眩しいくらいに太陽が輝いていたのに、それは午後になって急激に一変した。雨こそ降っていないが、黒い雲からは今にも雫が零れそうだ。 おそらく傘を持っていないのだろう女子生徒達が、窓から見える空を心配そうに見上げていた。 夏ならともかく、この季節に雨の中を歩いたらきっと風邪をひいてしまう。 そう思って、雨竜は部活を早めに終わらせた。 部員が帰るのを見届け、自分も濡れるのは勘弁だと、教室の机に入れておいた折り畳み傘を念のため取りに行く。 多分、それが悪かったのだろう。 「次の罰ゲームは、一護だね」 水色の楽しそうな声が聞こえてきたのは、雨竜が教室のドアを開けようとしたまさにその時だ。 霊圧で彼がこの教室にいることには気付いていた。水色だけではなく、浅野啓吾と茶渡康虎、そして黒崎一護がいることにも、だ。だから、水色の声が聞こえてきたことには驚かない。 動きを止めてしまったのは、一護というその名前に反応してしまったからだ。 「……あんまり変なこと言うなよ」 嫌そうな一護の声が雨竜の耳まで届く。それを聞いて雨竜は一度目を閉じると、今度こそドアを開けようと腕を上げた。 しかし、またしても水色の声でそれは阻止される。 「どうしようかなあ。じゃあ、来週の月曜日までに石田君を口説き落としてね」 今、彼はなんと言ったのだろうか。 雨竜は自分の耳を疑った。 石田君を?口説き落としてね? しかも、それを実行するのは黒崎一護? 「はあ!?ふざけんな!そんなことできるわけねえだろ!」 「負けたの、一護だよね。そして罰ゲームは絶対、だよね?」 雨竜が成す術もなくただ立ち尽くしている間にも、教室からは一護の怒鳴り声や彼を宥める周りの声、そして水色の面白がるような声が聞こえてくる。けれど、そのどれもが雨竜の耳には意味のある言葉として入ってこなかった。 黒崎に限ってそんなことを軽々しく了承するわけない。 いくらそう思い込もうとしても、何処かで彼が了承するかもしれないと恐れる自分がいる。 頼むから断わってくれ。 雨竜が固く目を閉じて祈った時だった。 「……わかったよ!やればいいんだろ、やれば!」 吐き捨てるような、どうにでもなれという思考が隠し切れていない声音。 それは、紛れもなく一護の声だった。 何かを思う前に、何かを感じる前に、雨竜は教室の中にいるクラスメイトたちに気付かれぬよう、音もなくその場から逃げだした。 いつの間にか降り出していた雨の中を、傘も差さず雨竜はただ只管に歩く。 明日から一週間、心の籠っていない一護の言動を目の当たりにしなければならないのだろう。 きっと自分は、嘘だとわかっていても喜んでしまう。舞い上がってしまう。 彼が傍にいてくれるというただそれだけのことに、あの瞳に自分を映してくれるというただそれだけのことに、馬鹿みたいに浮かれてしまう。 一週間後には突き落とされるとわかっていたとしても、だ。 自分は耐えられるだろうか。平常心を保てるだろうか。 一護の言葉を聞いたときだって動揺はしたが外面だけは取り繕えていたはずなのに、雨竜は今、無性に泣きたくなった。 どうして自分は、黒崎一護なんかを好きになってしまったのだろう。 next [*前へ][次へ#] |