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僕らはぎゅっと手を握る



 人は、ただ手を繋いでいるだけで恋人同士だと思い込むから、僕たちはいつでも手を繋いでいる。
 その掌に、行き場のない痛み抱えながら。



 彼女とこのような関係になったのは、いつからだっただろう。
 そんなことを思いながら、僕は目を伏せて隣を歩いている井上さんを、ちらりと横目で見た。けれど、考える間もなく、答えはすぐに出る。
 忘れるはずなんてない。それは、黒崎が朽木さんと付き合ってからだ。
 あの二人の間に特別な絆があることくらい、僕たちが一番よくわかっていた。互いに意識していることなんて、本人たち以外、きっとみんながわかっていた。だから、二人が互いを好きになることは必然だったのだろう。
 それでも、弱くて狡い僕らは、その想いに一生気付かなければいいと、そう願っていた。それが無理だということも、痛いくらいにわかっていたはずなのに。
 案の定と言うべきか、僕たちの不埒な願いが届くはずはなく、高校を卒業した頃、二人は想いを通じ合わせた。
 僕と井上さんがその事実に耐えられなくて疑似恋愛を始めたのは、それと同時に、だ。いや、疑似恋愛なんて言うのもおこがましい。これは、単なる傷の舐め合いに過ぎない。同じ弱さを持つもの同士の慰め合いだ。
 でも、僕たちは、こうでもしないと生きていけなかった。
「……石田君、手、痛いよ」
 歩きながら声をかけられて、僕は初めて自分が掌に力を籠めていたことに気が付いた。困ったように小さく笑ってこちらを見る井上さんに、僕は慌てて力を緩める。
 たとえ傷付け合っても決して離されないこの手は、僕らの関係によく似ていた。
「……ごめん、井上さん」
「ううん、平気だよ」
 井上さんはもう一度小さく笑うと、やっぱり目を伏せてしまった。僕はそのことについて何も言わず、今まで通りに無言で足を動かし続ける。
 僕らの心とは似つかわしくない、明るい声がかかったのは、そのときだった。
「石田と井上じゃねえか。久しぶりだな」
 その声に驚いて前を見ると、人込みの中に、一際目立つオレンジ色がいた。まるで太陽のようなそれに、僕らは何も言えずに固まる。
 さらにその隣にいた小さな人影を見つけてしまえば、ますます何も言えなくなるのは、むしろ当然のことだろう。
 けれどそんな僕たちに気付かないようで、二人は何かを見つけて驚いたように目を見開いた。何事かと思いその視線を辿ると、そこには固く繋がれた僕たちの掌がある。
「おまえら、付き合ってたのか……」
 まるで呆気にとられたように呟く黒崎に、僕は曖昧な笑みを返した。握っている井上さんの手に力が籠り、思わず隣を見ると、彼女も同じような笑みを浮かべている。
「うん、高校を卒業したときにね」
 僕からすると痛々しいくらいの明るさで、井上さんは何も言えない僕の代わりにそう言い切った。
 けれど黒崎も、朽木さんも、その不自然さになど気付かなかったようで、顔を見合わせて笑い合う。そうして二人は、同時に口を開いた。
「よかったな」
 いつか、この日が来ることは、きっとわかっていた。こんな関係を続けていたら、何も知らない黒崎がどのような言葉をくれるかくらい、知っていた。
 それでもその言葉の響きに、冷たいものを感じずにはいられなくなる。
「石田、井上のこと、ちゃんと幸せにしてやれよ」
 追い打ちをかけるように言われた言葉に、僕はやっぱりぼんやりと頷くだけだった。
 思考はすでに停止している。頭が上手く働かない。
 もしここで僕は君が好きなのだと告げたら、黒崎は、一体どうするのだろうか。
「私たち急いでるから、またね、黒崎君、朽木さん」
 井上さんの声で我に返ると、彼女は気丈にも二人に笑いかけ、何も考えられなくなっていた僕の手を引いてくれた。その唐突な行動は、何を口走るのかわからなくなっていた僕を救うためのものだったのだろう。
 黒崎たちは驚いたような顔でこちらを見ていたけれど、僕は有り難く思いながら黙って井上さんに従った。
 しばらく無言で歩き続け、ようやく井上さんが立ち止まったのは、人込みから抜け、幾らか人がいなくなった場所だった。
「黒崎君、酷いね」
 唐突に、井上さんは俯いたまま、不自然なくらい明るい声で、言葉を吐き出す。
 僕は何も言えずに、そんな彼女の掌をただ握っているだけだった。
「もし、あたしが幸せになれても、石田君は幸せになんて、なれないのにね」
「井上さん……」
「あたしは、黒崎君に幸せを願ってもらえただけで、幸せだよ。でも石田君は、それすら、許されないんだね」
 言葉が進むにつれて震えを増した彼女の声は、とうとう涙の響きが交じって、消えてしまう。
 そんな井上さんに、見えないとわかっていても、僕は精一杯の笑みを浮かべて見せる。
「……僕は。黒崎の友達でいれるだけで、幸せだよ」
 互いの涙に気付かぬふりをして、僕らはただただ握る掌に力を籠めるだけだった。

 愛なら、きっとどこかにあるのだろう。



end

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