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この想いと一緒に消えてなくなりたかった



「俺、井上と付き合うことにしたんだ」
 喫茶店のテーブルを挟んで座るオレンジ色の髪を持つ男は、口にした甘い話題に似合わないほど神妙な顔をして言葉を紡ぐ。眉間の皺がいつもの三割増しだ。
「そう、それは良かったね」
 冷めたコーヒーに落としていた視線を僅かに上げると、雨竜はいつもと変わらぬ声音でそれだけ言った。ちらりと視界に入ったオレンジ色は太陽の光に輝いていて、それ自体がまるで発光しているかのように見える。あの髪には温度があるのかもしれないと、場違いなことを考えてしまうのはそのせいだ。
「……なんも言わねえのか?」
 そんな雨竜の様子を見ていた一護は、心底不思議そうに口を開いた。首をほんの少し傾けているのが笑えるほど似合わない。
「君は僕になんて言って欲しいんだい?」
 呆れたように言う雨竜に、一護は視線を泳がせ気まずそうに髪を掻き混ぜる。その様子に、今度は雨竜の方が首を傾げた。
「いや、俺、てっきりおまえは井上のことが好きなのかと思って……」
 気まずそうに言われたその言葉に、雨竜はきょとんとしながら一護を見詰めた。その顔は、そんなことを思ったことなど一度もないと言外に言っている。
 不意に、雨竜は小さく笑った。それが、彼にしてはあまり見せたことのないタイプの笑みだったからだろう、一護は僅かに目を瞠っている。
「好きだよ。けれど、それは君が彼女に向けるものとは違う」
「そう、か」
 そうだよ、とだけ応え、雨竜はコーヒーカップの柄に指をかけた。けれど雨竜の細くて白い指はコーヒーカップを持ち上げることはなく、音もたてずに元の位置へと戻っていく。
「……君、これから用事があるとか言っていなかったかい?」
 さっさと帰れと言わんばかりの言い方を不快に思ったのだろう、いつもの三割増しだった一護の眉間の皺はますます増えることになった。けれどそのことについて彼は何も言わず、上着を羽織って立ち上がる。
「おまえはどうする?」
「もう少しここにいるよ」
 そうか、と無愛想にそれだけ言うと、雨竜が引き留める間もなく一護は伝票を手にして足早に去っていった。
 そうやって無意識に優しくする所は変わらないなと、去っていく背中をぼんやりと思う。
「……好き、だよ」
 不意に、引きつったような声が、自らの口から零れ落ちた。それがみっともなく震えていて、逆に可笑しくなってくる。
 好きだった。いや、今でも好きだ。大切で、護りたくて、傷つけたくなくて、笑っていて欲しくて。その為ならばなんだってできる。
 きっとこの気持ちは、織姫が一護を想う気持よりも、一護が織姫を想う気持よりも、遥かに強いものだろう。それほどまでに、好きだった。
「好きだったんだよ、……君が」
 あの太陽みたいなオレンジ色の髪も、眉間に寄った皺も、無愛想な表情も。山ほどの人を護りたいというその想いも、前だけを見ているその姿勢も、誰にだって向けられる優しさも、織姫に向けて笑うその表情さえ、愛していた。
 それを伝える術は、もう残されていないけれど。
(……それでも、好きなんだよ)
 雨竜は心の中だけで呟くと、ただでさえ白い指から色がなくなるほど強く両手を握りしめた。



end

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あきゅろす。
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