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神様の涙(桃白)


※鬼灯 桃太郎×白澤
※とにかくいろいろ捏造
※昔書いたものなので変なところがたくさんあるかもしれない








 桃タロー君、と俺を呼ぶ声が、少し震えていた。その細い腕には、従業員であるうさぎが抱かれていた。白澤様はゆっくりとうさぎの頭を撫でて、俺をじっと見た。
 転生するんだって、従業員のうさぎさん。もう長いこと勤めてくれてたんだ。一番の古株だったんじゃないかな、と、白澤様は矢継ぎ早に言った。そして、お祝いしなきゃね、と白澤様は笑った。

 転生、と言う概念が、俺にはまだピンと来ていない。生物は誰しもいつかは転生するのだと白澤様は言っていた。新しい人生をやり直すんだと。地獄に落ちた人間は動物や植物になることもあるとか言っていた気がする。でも、どれもこれも絶対と言うのはなくて、どのタイミングで、どんなものに転生するかは、本当に人それぞれらしい。


「転生するとどうなるんですか?」
「どうなるって言われてもなぁ。現世で一からやり直すんだよ」
「前世の記憶は?」
「うーん。それも人それぞれなんじゃないかな。覚えてる人もいれば、綺麗さっぱり忘れる人もいる」
「じゃあ、ここでの記憶は?」


 俺がそう聞くと、白澤様は俯いて少しの間黙り込んでしまった。その横顔はどこか寂しげで、胸が締め付けられるような気がした。


「ここでの記憶は、綺麗になくなっちゃうよ」
「え、」
「これから現世で頑張る子が、死後の世界のことを覚えてたって仕方ないでしょ」
「でも、あんなに長い間、ずっと一緒にいたのに?」
「時間なんて関係ないんだ」

 
 白澤様はそう言ってすっと立ち上がった。お祝いの準備だ、と、やけに明るい声で白澤様は言う。それが空元気なことくらい、俺にでもわかった。神様のくせに人間くさいんだ、白澤様は。俺はそれに気づかないふりをして、わかりましたと聞き分けの良い返事をした。



 その日は店を休んで、豪華な料理でうさぎの転生をお祝いした。料理と言ってもただの野菜に少し手を加えただけのものだったが、いつもよりもかなり高級な野菜にうさぎたちは喜んでいた。白澤様は楽しそうだった。ただ、傍らに酒が置いてあるにもかかわらず、白澤様は一切手をつけずにいた。上司が飲まないのに俺が飲めるわけもなく、黙って料理に手をつける。白澤様はこれから転生するうさぎと思い出話をしていた。言葉はなくても考えていることは通じるらしい。
 白澤様はさっきから時計を気にしていた。日付が変わると同時に転生してしまうそうだ。それまでに、しなければいけないことがある、と白澤様がぽつりと呟いたのを、俺はしっかり聞いていた。


「ああ、そろそろだ」


 時計の針はもうすぐてっぺんで重なる。あと三分くらいだろうか。
 白澤様は酒のビンを取り、盃にほんの少し注いだ。酒はこれのためにおいてあったのか。白澤様はその中に指をつけ、自らの唇にすっとぬりつけた。酒で濡れた唇がやけに綺麗で、思わず見とれてしまう。


「うさぎさん、今までありがとう。幸せになるんだよ」


 白澤様はそう言って、うさぎにそっと口づけた。俺にはそれがただのふれあいには見えなかった。厳かで、神聖な空気。この儀式的な行為が終わると、転生を控えたうさぎの体が、ぼんやりと光り始めた。それはまるで月明かりのようで、あまりの美しさに思わず息を呑む。白澤様はうさぎの小さな体を抱きしめ、優しく頭を撫でてやった。


「神獣の僕に仕えてくれていたんだから、君は幸せにならないわけがないんだ」


 白澤様はうさぎが転生を終えて姿を消すまでずっと優しく語りかけていた。怯えている様子だったうさぎに、何度も大丈夫だよ、と言って励まし、今までありがとうとお礼を言っていた。
 あのうさぎは俺が来るずっと昔からいたうさぎだった。俺も何度か怒られたことがあったっけ。その薬草は違うとか、調合が雑だとか。言葉はなかったが、確かに言いたいことはよくわかった。不思議な感覚だった。とはいえ白澤様のようにさすがに世間話ができるほど分かり合えたわけではないが。
 そういえば、白澤様を一番尊敬していたのもあのうさぎだったように思う。鬼灯さんが来たときに、大人しく抱かれなかったのはあのうさぎだけだった。恐らく、鬼灯さんの白澤様に対する理不尽な暴力が許せなかったのだろう。
 転生する直前、ひどく怯えているように見えたのは、生まれ変わるのが怖かったわけではないのだと思う。きっと白澤様のぬくもりや、声や、今まで与えてもらった優しさを忘れてしまうのが怖かったのだ。
 俺は静かに白澤様の隣に座り、残った料理に手をつける。白澤様は今までうさぎを抱いていた手をじっと見ていた。その横顔はやはり寂しそうで、見ていられなかった。


「白澤様、飲みましょうか」
「うん。ありがとう。でも、今日は良いや」
「えっ」
「あとお願いしてもいいかな。もう休むよ」


 弱弱しい声に、少し不安になる。白澤様が酒を断わるなんて、気持ち悪いを通り越して心配だ。
 白澤様が去ってしまったあと、ほかのうさぎたちも俺と同じようにそわそわし始めた。やはりみんな心配なのだろう。でも、なんだかそれだけではないような気がする。確かに、元気がなさそうだった白澤様のことは心配だ。一番の古株だったうさぎが転生してここにいなくなってしまったことも寂しい。でも、上手く言えないがそれだけではないのだ。自分でもわからないが、感情がコントロールできなくなっている。抗っても抗っても悲しみが押し寄せてくる。
 こんなときに縋りたくなるのは、悔しいけれど白澤様だった。万物に精通していて、何でも知っていて。優しくて、全てを受け入れてくれる、神獣。吉兆の印で、いつもはあんなだけど、不安なときにそばにいてもらえると、とても安心する。
 きっと白澤様も感傷に浸っているのだろう。そんなときに邪魔するのも躊躇われるが、次から次へと溢れる悲しみにとうとう耐えることができなくなり、俺は白澤様の部屋のドアを開けた。


「あの、白澤様…っ!?」


 ドアを開けると、白澤様は窓の外をぼんやりと眺めていた。そこからはちょうど月が見える。今日は満月らしい。綺麗な月だった。まるで、さっき転生したうさぎのようだ。…と、頭は冷静に動くにもかかわらず、心はどんどん乱れていく。底知れない悲しみが押し寄せてくる。ドアを開ける前よりもひどく、情緒不安定になっていく。
白澤様はようやく俺に気が付いたのか、視線をこちらに寄越した。いつものようなへらへらとした笑みはなく、どこか心ここにあらずというような目だった。しかし、白澤様は俺を見るなり血相を変えて近寄ってきてくれた。


「白澤様…」
「桃タロー君どうしたの…なんで泣いてるの?」
「え?俺は別に、泣いてなんか…」


 白澤様に言われて初めて気が付いた。俺は気づかないうちにぼろぼろと涙をこぼしていたらしい。何が悲しいのか。どうしてこんなにも不安になるのか。理由もわからずにただ涙が溢れてくる。あのうさぎに特別思い入れがあったわけではない。それなりに寂しいが、こんな風に泣くほどではない。白澤様が寂しそうなのも気がかりだ。確かにそうなのだが、そんなことで泣いてしまうほど、俺は弱かっただろうか。曲がりなりにもヒーローだ。守りたいと思うことはあっても、一緒に泣いてしまうなんてことは今までなかった。それなのに、どうして。
 徐々に混乱していく頭で必死に考えた。でも答えは見つからなかった。俺はどんどん息苦しくなって、ついには立っていられなくなった。
 すると白澤様は何かに気が付いたように息を詰まらせ、しゃがみこんだ俺をぎゅうと抱きしめてくれた。その感覚に、俺はひどく安心していた。


「白澤、さま…」
「ごめんね桃タローくん…ぜんぶ僕のせいなんだ」
「え…白澤様の、せい?」
「うん。ごめんね、ほんとうにごめん…」


 白澤様は泣きそうな顔で笑っていた。苦しそうだった。白澤様は俺を抱きしめていた手をゆっくりと離し、自らの胸へと当てた。そして、胸倉をぎゅっと掴み、何かに耐えるように深呼吸をする。白澤様はしばらくの間そうしていた。俺は背中でもさすってあげようかと白澤様に手を伸ばしたが、白澤様は困ったように笑ってその手を握り、大丈夫だから、と言ってまた無理矢理笑った。

 幾分落ち着いてきたのだろう。呼吸が安定してきた。それと比例するように、俺の中にあった正体不明の感情も徐々に薄れていった。それから白澤様は、ぽつりぽつりと語ってくれた。


「神様の感情は、人間に影響を及ぼしやすいんだ」
「そうなんですか?でも、普段は白澤様の感情なんて全然感じませんけど…」
「それが正の感情はあまり移らないみたいなんだよ。問題は負の感情だ」
「負の感情?」
「うん。悲しいとか、寂しいとか、そういうの。怒りとかもそうだよ。メカニズムは僕自身もよくわからないんだけど、僕自身が吉兆の印だからか、正の感情はそんなに伝わらないみたいでね。もしかしたら僕が存在してるだけで何かしらの影響を与えてるのかもしれないんだけど…」
「はぁ…」


 白澤様自身知識が曖昧なためか、話が要領を得ないが、俺は黙って白澤様の言葉を待った。


「それでね、負の感情なんだけど、いつもは表に出さないようにしてたの。多分、経験上だけど、自分の中に押し込めることができたら周りに影響はないと思うんだ。だからなるべく、辛いことがあっても笑うようにしてたんだけど…」


 白澤様は事も無げに言ったが、俺はその言葉にドキッとする。俺と何ら変わらない人間のように見えるが、白澤様は神様なのだ。周りの人間のことを思って、自分の感情を抑えつけて笑っていられるほどに白澤様は神様だった。そう思うと急に白澤様を遠く感じてしまう。


「白澤様は、それで辛くないんですか?」
「ん?まあ、辛くないといえば嘘になるけど、僕は皆が悲しんだりいがみ合ったりするのを見るほうがよっぽど辛いね」


白澤様はそう言うと、昔の話をしてくれた。
白亜紀には人間はまだ存在しておらず、その代わりに恐竜やら何やらの、今となってはかなり非現実的な生物がたくさんいたという。隕石が落ち、たくさんの生物が絶滅した現場も見ていたというのだから、白澤様がいかに長い間存在していたかがわかる。
時は流れ、現世に人間が誕生する。白澤様は生まれた時から人間の姿であったため、初めて人間を見たときは感動したらしい。自分と同じ姿の生き物が生まれた、と。それからしばらく白澤様は人間たちの営みを見ていた。その様子を見ているだけで心は満たされていったと白澤様は嬉しそうに言った。

白澤様はいつしか愛し合う人間たちが羨ましくなり、興味本位で人間のふりをして現世で生活を始めたそうだ。白澤様は吉兆の印だ。現世の人間が白澤様に惹かれないはずがなかった。たくさんの人間に愛され、白澤様ははじめて誰かに愛される幸せを知ったのだという。
そんな生活を送っている間、白澤様は嬉しくて嬉しくていつも笑顔を振りまいていたらしい。そうしている間は、その周辺の土地はどんどん発展し、どんどん幸せになっていった。今になって考えてみると、その土地の発展は白澤様の力だったのだろう。しかし、その幸せはそう長くは続かなかった。
人間には寿命がある。白澤様を愛してくれた人間たちは、みな数十年もすれば老いて死んでしまう。白澤様はその事実を知ってはいたものの、いざそこに身を置いてみるとこれほど辛いことはないと実感したのだった。周りの人間が死んでいくたび、白澤様は言葉にできないほどの寂しさや悲しみに身をちぎられるような痛みに苛まれた。それはずっと一人ぼっちだったころとは比べ物にならないほどの孤独だったそうだ。
その孤独を知ってからというもの、白澤様は来る日も来る日も泣いていたらしい。その頃はまだ神様としての自覚がなかったらしく、感情をむき出しにしていた。すると、今まで幸せだった土地が、見る見るうちに不幸になっていったのだと、白澤様は悲しそうに言った。そこに住む人間たちは悲しみに明け暮れ、何も手につかなくなってしまった。
そんなときに、動物たちが白澤様の周りに集い、毎日毎日、白澤様が笑うまで歌ったり踊ったりしてくれたという。そうこうしている間に白澤様は笑顔を取り戻し、街も平和になっていった。しかし、白澤様はそれ以降現世で腰を据えて生活することはなくなった。

とはいえ桃源郷でも、何度かこういうことがあったそうだ。信じていた人に裏切られたとき。大切な人に傷つけられたとき。恋人が転生してしまったとき。感情を抑えずにいると、必ず周りの人間の感情も引っ張ってしまう。原因は自分にあるとわかってからは、白澤様はなるべく負の感情を出さないように生きてきた、ということらしい。

 この話を聞いて、俺は、白澤様のことを何も知らないんだと気づかされた。酒に女に溺れてだらしなく笑っている上司を、俺は内心馬鹿だと思っていた。神様なんだから、そんなだらしない生活はやめれば良いのに、と。でも、それは人間である俺だから言えることで、実際はそう簡単にはいかないのだろう。もし女遊びも酒も取り上げてしまったら。白澤様は白亜紀から存在している。一億年以上もの間存在してきた白澤様だ。きっと悲しいことや苦しいことがたくさんあっただろう。何もしないでいたら、それを思い出してしまうかもしれない。まぁ、女遊びや酒は白澤様の趣味でもあるだろうが、そうでもしないと保てないのもまた事実なのかもしれない。全ては周りの人の為にしていること、と言うのはさすがに買いかぶりすぎだろうが。


「でね、さっき桃タロー君がわけもわからず泣いてたのは、多分それが原因なんだ」
「つまり、白澤様が負の感情を表に出したからってことですか?」
「うん。ごめんね。なんか、身近な存在だった子が転生するの、久しぶりでさ」
「そうだったんですか…」
「実は、ちょっとだけ泣いちゃったの、僕」


 白澤様は申し訳なさそうに言った。それだけあのうさぎは、白澤様にとって大切だったのだろうか。そりゃ、一番の古株なんだから情はわいて当然だが、なんとなくすっきりしない。もやもやしてしまう。白澤様は俺が俯いているのに気づいたのか、少し声のトーンを上げて話を続けた。


「神様が泣くと大変なんだよ」
「そうなんですか?」
「うん、大変。多少感情が表に出ても、ある程度距離があれば大丈夫なんだけどさ。さすがに泣いちゃうとダメ。結構広範囲まで伝わっちゃうみたい」


悪いことしちゃったなぁ、と、白澤様は笑った。極楽満月の周りには民家はほとんどないが、動物たちはたくさん住んでいる。これは人間だけでなく動物にも伝わるそうで、不安な思いをさせてしまったかもしれないという。こんなときでさえ、俺や動物たちを心配している。白澤様だって悲しいくせに。いつもは我慢できる感情も、今日は我慢できなかったくらい、限界なくせに。


「桃タロー君は僕とずっと一緒にいるから、影響を受けやすくなってるのかもしれないね」
「そういうのも関係するんですか?」
「多分ね。断言はできないけど。ああ、そうだ。うさぎさんたちどうしてる?なんか不安そうにしてなかった?」
「あ、そういえばそわそわしてました」
「やっぱり。あとで謝んなきゃ。うさぎさんたちも怖かっただろうからね」


 白澤様はそう言うと、いつものようにへらりと笑った。その笑みに安心すると同時に、胸が締め付けられる気がした。白澤様はいつもどんな気持ちで笑っていたのだろうか。そりゃ、いつもいつも辛いわけではないだろうけど、いつもいつも楽しいわけでもないだろう。今日みたいに、身近な存在が転生して、悲しみに暮れる日もあるだろう。そんな日ですら、自分の中の痛みや苦しみを押し殺して笑っていたのだろうか。泣くときは、いつも一人だったのだろうか。
 俺みたいな人間には理解できないのかもしれないし、俺なんかのものさしで測れるようなものではないのかもしれない。でも、少なくとも俺のような人間からすると、その姿は見ていられないほど痛々しく映るのだ。

 ずくん、と胸が痛む。白澤様を想って苦しくなるなんて馬鹿みたいだけど、どうしようもなかった。ぽろりと目から透明な水が零れ落ちて、頬を伝う。さっきとは違う。ちゃんと理由のある涙だ。怖くなんかない。でも、白澤様は驚いたように目を見開いて、また俺の体を抱きしめる。


「桃タロー君、大丈夫?まだ抜けきらなかったのかな…ごめんね、大丈夫だから…」
「ちがいます…」
「え、ちがうの?じゃあ、まだ混乱してるんだ」
「だから、ちがいますって…今は、なんで泣いてるか、ちゃんとわかってます」
「桃タロー君…?」
「白澤様が、あまりに神様だから、俺は…」


 そう言うと、白澤様は心底意外そうに目を丸くして俺を見つめていた。そして、ふっと笑った。


「僕が神様だから?」
「はい。白澤様が、あまりにも他の人のしあわせのために自分を犠牲にしているから…」
「はは、そういうことか。桃タローくんはかわいいなぁ」


 白澤様は茶化すように言って俺の頭を撫でた。見た目は若いから時々わけがわからなくなるが、白澤様は驚くほど長い時間を生きている。俺なんて白澤様からしたらまだまだ子どもなんだろう。俺もその手に嫌悪感はなく、されるがままだった。まるで、現世を生きていたときに、おばあさんに頭を撫でてもらったときみたいな安心感があった。


「やっぱり人間はかわいい。そんな風に誰かを想うことができるんだ」
「かわいいって、何なんですか」
「僕たちみたいな神は、それが当たり前だからね。自分を犠牲にするのも当たり前。それが神だから」
「俺には理解できません」
「当たり前だよ」
「白澤様…」


 俺の発言で、少し機嫌がよくなったのだろうか。白澤様は嬉しそうに笑っていた。さっきみたいなぎこちなさはない。白澤様は人恋しいところがあるくせに、人間のようにべたべたと依存することがない。どこかでバランスを崩してしまいそうな危うさを持っているが、それも神故なのだろうか。
 俺は少しずつ白澤様を守りたいという思いが芽生え始めているのを悟った。しかし、俺のこの思いは、もしかしたらおこがましいのかもしれない。


「桃タロー君」
「はい」
「どうして僕が泣いてたか、教えてあげようか」
「従業員の、あのうさぎさんが転生しちゃって寂しかったからじゃないんですか?」
「うん。それも正解。でもね、寂しかったけど、祝福したい気持ちのほうが大きかったよ」
「え、じゃあ、何でですか?」


 白澤様は俺の言葉を待っていたようで、口角をにぃと上げて言った。


「桃タロー君もいつか転生しちゃうんだなぁ、って、思っちゃったの」


 少しだけ真剣な顔で言った。俺は思い切り心臓を掴まれるような感覚に陥った。俺が転生する?白澤様の前からいなくなる?ここで暮らしたことも、白澤様から学んだことも全て、忘れてしまうのだろうか?
 …そして、白澤様はまた一人になってしまうのだろうか…。


「馬鹿なこと、言わないでください」
「どうして?本当のことだよ。いつか起こることだ」
「やめてください」
「僕ね、今までたくさん弟子がいて、その数だけ転生の場面に立ち会ったんだけどさ。さっきうさぎさんにしたみたいなやつね。男相手にあんなのやだなーって思ってたし、男の弟子ならしなくても良いやって思ってたんだけど、やっぱりみんなかわいいんだ。僕のことを慕ってくれて、あいしてくれて、自分が転生することを知ったらみんな寂しがってくれた。僕との別れを惜しんでくれたよ」
「白澤様、」
「桃タロー君にはたくさん迷惑かけたから、みんなみたいに別れを惜しんでくれないかもしれないけど、僕は桃タロー君にもしあわせになってもらいたいから、転生するときはちゃんと立ち合せてね?」
「やめてください!!」


 思っていたよりも大きな声が出てしまって驚いた。俺の声に白澤様も固まってしまった。でも、大きな声を出してでも、白澤様の言葉を遮りたかった。これ以上聞いたら、寂しさで頭がおかしくなりそうだ。


「桃タロー君…?」
「俺は、ずっと白澤様のそばにいます」
「無理だよ。ずっとは無理」
「無理でも…すっと一緒にいます」
「どうしたの、急に」
「白澤様のこと、一人になんてできない。もし俺が転生したら、白澤様はまた、必死に涙をこらえて、無理矢理笑うんでしょう?そんなの、耐えられません」


 いくら言葉を重ねても、白澤様の前では幼子の戯言のようにしか聞こえないのは、俺だってわかっている。でも、それでも…


「桃タロー君は優しいなぁ」
「茶化さないでください」
「本当のことだよ。桃タロー君は優しい」
「白澤様、」
「優しくて、だいすきだよ」


 白澤様はそう言って、俺の腰に抱きついた。白澤様の体は薬のにおいと甘い桃源郷のにおいが染み込んでいる。俺はそっと白澤様の頭に手をやって、恐る恐る撫でてみる。白澤様は嬉しそうに俺の手に擦り寄った。
 ふと、俺に抱きついていた白澤様の手の力が強くなった。どうしたのかと思って顔を覗こうにも、白澤様は頑なに顔を上げようとしなかった。


「白澤様?」
「ごめん、桃タロー君…僕、ちょっと泣きそうだ」
「えっ!?」
「ちがう…その、嬉しくて、だから…さっきみたいなことはないよ」


 白澤様はへらりと笑ってそう言った。やっとあげてくれた顔は本当に幸せそうで。目じりからすぅっと零れ落ちた涙が美しくて。俺は白澤様のすべてが愛しくて、嬉しくて、思わずつられて泣いてしまいそうになった。これも白澤様の感情が移ってきているのだろうか。えもいわれぬ幸福感が止めどなくわいてくる。本当に白澤様は嬉しがっているのだと分かった。本当に、神様が泣いたら大変だ。
 俺は白澤様があまりに愛しくて、その柔らかくて白い頬に手を添えて、涙の跡が残る目じりに唇を寄せた。白澤様はまた嬉しそうに笑った。
 しばらくこの幸福感に浸っていると、部屋の入り口から物音が聞こえた。見るとうさぎたちがそぉっと部屋の中を覗いているのが見えた。


「あ、うさぎさんたち。そんなところにいないでこっちにおいで」


白澤様はそういうと大きく両手を広げた。するとうさぎたちは一目散に白澤様の胸に飛び込んだ。うさぎたちも白澤様のことが心配だったのだろう。そして、また白澤様の感情に引っ張られて、今度は幸福感に満たされているのだろう。この白澤という神獣は、どこまでも神様だった。
俺はといえば、うさぎたちを愛でている白澤様を見て、嬉しいような寂しいような、そんな複雑な気持ちに苛まれていた。神様を独り占めしたい、なんて、おこがましい話だ。でも、俺は自分の中の欲に気づいてしまった。しかし…


(まあ、今は白澤様に一番近い場所にいられるだけで十分だ)


ふと時計を見ると、例のうさぎが転生してから、長い針が一周したところだった。白澤様が不意に大きなあくびをする。するとそのあくびはうさぎたちに移り、やがて俺にも移った。白澤様はその様を見て、おかしそうに笑う。その笑顔につられて、俺も笑った。もう寝ようか、と白澤様は立ち上がり、大きく伸びをした。しかし、俺もうさぎたちも白澤様の部屋から出ていく気にはなれなかった。今日は一晩中、白澤様と一緒にいたかったのだ。


「ふふ、みんな甘えん坊さんだなぁ。いいよ。今日はみんなで一緒に寝よう」


白澤様はやけに弾んだ声でそう言った。修学旅行ってやつみたいだ、と、やけに現世っぽいことを言う白澤様に苦笑しながら、俺たちは寝床の準備をする。
今日くらいは俺たちが白澤様を笑顔にしたい。孤独から守りたい。少しでも白澤様を支えられたらいい。そんなことを思いながら、俺たちは白澤様の部屋で固まって、眠りについた。






End.










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