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君だけ(神戸×祇園)
 




※方言男子神戸×祇園
※未来捏造な大学生設定

















 にゃっぽん学園を卒業して、一か月経とうとしていた。新しい生活にも慣れはじめ、この環境が徐々に日常になりつつあった。
 そうは言っても四人で過ごした日々を懐かしく思うこともしばしばだった。卒業式のあとに必死に涙をこらえて無理矢理笑って俺と祇園ちゃんを送り出してくれた越後と山形の顔を時々思い出しては温かい気持ちになる。俺たちとの別れでそんな風に泣いていたら、越後が卒業する時にはどうなってしまうのだろう。また離れ離れになってしまったらあの二人は大丈夫なのだろうかと心配になる。なんて、俺が心配しなくてもきっと二人はうまくやれるだろうけど。


「神戸、なにぼーっとしてるん」
「ん?ああ、なんかあいつらのこと思い出してもぉてな」
「あいつら…って越後と山形のこと?」
「そうそう。来年になったらどうなるんやろうって」
「あんたが心配せんでもうまいことやるやろう、たぶん」
「そうやろうけどさぁ…俺やったら耐えられへんかなぁって」
「何が?」
「一瞬でも大好きな人と離れ離れになるんは耐えられへん」



 俺たちは関西に戻って、当然のように同じ大学に進学した。祇園が目指していた大学は京都にある宗教学が学べる大学で、俺からすれば手が届かないほどレベルの高い大学だった。一時は祇園ちゃんの通う大学の近くの、身の丈に合った大学に進学しようかとも考えた。でも、ずっと一緒にいた祇園と離れて過ごす自分を想像したら駄目だった。どうにも耐えられる気がしなかったのだ。俺が学びたかった国際文化の分野でも有名な大学だったこともあって、祇園と同じ大学に行くために必死で勉強した。

 そして、幸いその大学に二人で合格することができて、現在に至る。俺が合格していたことを知った時の、祇園の泣いたように笑った顔は一生忘れられないだろう。
 俺の実家からはもちろん、祇園の実家からも遠い場所にある大学だったから、合格発表のあとに「卒業したら一緒に住もう」と言ったのは、半ば賭けだった。いつも素っ気ない態度で、付き合っているのは確かだが愛されている自信はあまりなかったのだ。
 でも、祇園は今まで見たこともないような笑顔で「もちろん」と言って、俺の手を取ってくれた。それがどれだけ嬉しかったか、祇園はわかっているのだろうか。天にも昇る思い、というのは、きっとこういうことを言うのだろう。


「祇園ちゃんとこうして二人で暮らせてよかった」
「ほんまに、よぉ勉強したなぁ」
「こんなに頑張ったこと今までにないかもしれん」
「そうかもしらんなぁ」
「祇園ちゃん褒めて」
「はいはい、えらかったえらかった」


 隣に座る祇園の手が俺の頭を撫でる。二人で暮らすようになって、祇園は少し素直になったような気がする。それはこの華やぐような春の空気がそうさせるのか、それとも少しは俺のことを認めてくれたからなのか、俺にはわからなかった。
 優しく頭を撫でてくれる祇園の手が気持ちよくて、甘えるように体を寄せる。祇園は呆れたように笑いながら「しょうがないなぁ」と言うだけで、それ以上は何も言わなかった。


「二人きりってなんかええなぁ」
「さっきまで越後と山形のこと考えてたくせに?」
「そうやけど…なんていうか、あの二人がおった時はこんなこと堂々とできんかったやん?」
「当たり前やろ。いくら僕らの関係を知ってたからって実際にこんなところ見たらひっくり返ってまうわ」
「うん。だから、気兼ねなくいちゃいちゃできるんもええなぁって」


 越後も山形も、俺たちの関係は知っていた。俺たちも、越後と山形の関係を知っていた。ただ、知っていたからと言ってお互いあの寮の中でいかがわしいことができるはずもなく、二人きりになれる時間を見つけてはキスをするのが精いっぱいだった。

 テレビの音が煩わしくなって消した。部屋に響く二人分の息遣い。指に触れると、祇園はゆっくりと俺に視線を合わせた。綺麗な瞳の中に俺の姿が映り込んでいる。何か言おうと薄ら開いた唇に堪らなくなって、自分の唇を重ねた。呼吸が混ざり合い、一つになる。今は誰に邪魔されることもない。長く伸びた艶のある黒髪を乱しても、この部屋の中では誰からも咎められることは、ない。


「祇園…」
「ちょ、待って…っ」
「なんで?ここやったら前みたいに我慢する必要もないやん」
「だって、まだ課題も終わってないし…」
「そんなん、あとでええやん。どうせまだ提出期限だいぶ先なんやろ?」
「そうやけど…。ああもう、あかんかも…」


 祇園は情けない声でそう言うと、遠慮がちに俺の首に抱き付いた。ずっと隣で感じてきた体温。幼い頃からずっと側にいて、喧嘩をしては仲直りをして、いつの間にか離れられなくなっていた。
 愛しい体を抱き締めて、顔中にキスをする。祇園はくすぐったそうに身を捩り、小さな声で「あほ」と悪態をついて、大きく溜め息を吐いた。


「神戸と一緒に住むなんて言わんかったらよかった」
「え!?なんで!?」
「だって…あんたと一緒に住んでたら堕落しそうや」


 そう言って、祇園は俺の髪を撫でて、俺たちはまたキスをした。そのまま祇園に覆いかぶさり、何度も何度も唇を重ねた。何度繰り返しても、何年も触れるのを我慢せざるを得ない状況にいた分を取り返すにはまだまだ足りなかった。


「単位落としたら神戸のせいやからな」
「それは大丈夫やろ。祇園ちゃん真面目やし」
「それもそうか。どっちかと言えば心配せなあかんのは神戸の方やな」
「全くその通りやけどそんなはっきり言わんでええやんか…」


 可笑しそうに笑う祇園が可愛くて、結局何を言われても許してしまうのは昔からだった。

 このお世辞にも広いとは言えない部屋での共同生活は始まったばかりだ。四年後、俺たちがどうなっているかはわからない。この大学を卒業したら、また俺たちに別れという選択肢が現れる。人生の岐路にぶち当たる度に現れるそれは、どうしたって避けようのないものだ。でも、少なくとも俺は別れという選択肢を選ぶ気はないし、祇園にそれを選ばせる気もない。

 腕の中で愛しい人が笑う。その笑顔に釣られるように俺も笑った。先のことなんてわからない。ただこの幸せがずっと続けばいい。無力な俺にはそう願うことしかできなかった。








end.











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あきゅろす。
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