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その時は笑って(芭曽)
※日和で芭曽です
『私はきっと、曽良くんより先に逝ってしまうだろうね』
貴方がそんな風に言ったのが悪い。そんな、悲しそうな笑顔で言ったのが、悪い。
明け方、僕は夢を見た。それはそれはリアルな、生ぬるい夢だった。夢の中で、僕は泣いていた。冷たくなった芭蕉さんを抱き締めて、泣いていた。
僕を置いて逝くなんて許せない。僕をこんなに悲しませるなんて、貴方は酷い。最低だ。
心の中では芭蕉さんを罵倒しているはずなのに、涙は一向に止まらない。理不尽だと思いながらも、僕の涙が芭蕉さんの着物の襟に染みを作るばかりだった。
だから、目が覚めて隣を見たら芭蕉さんが馬鹿みたいな顔して眠っているのを見たときに、酷くホッとしてしまったんだろう。
そんな自分に腹が立って、芭蕉さんをぶん殴ってやろうと思ったのに、いつものように過激なことはできなかった。
僕は行き場を失った右手で芭蕉さんの肩に触れた。しっかりと温もりを感じる。その体温に、何故か涙が滲む。
「…っ」
当たり前のことなのに、馬鹿みたいに安心する。
「芭蕉さん…」
もっとその温もりに触れたくて、眠っている芭蕉さんの唇に、そっと自分の唇を重ねた。
少しかさついた唇の感触をリアルに感じる。そっと唇を舐めると、芭蕉さんは少し身を捩った。そして、ゆっくりと瞼が開く。
「んん…曽良、くん?」
「…っ芭蕉さん…」
「な、に…近い…」
芭蕉さんは驚いたように目を見開いた。真っ直ぐ僕を見つめる芭蕉さんの目に、何とも居心地が悪くなる。
「曽良くん?どうしたの?」
「別に…なんでも…」
「ほんとかなぁ…」
そう言って芭蕉さんは、そっと僕の頬に触れた。やっぱり、温かい。
「曽良くん、何か辛いことあったでしょ」
「どうして…」
「だって、泣いてる」
優しい声でそう言ったかと思うと、芭蕉さんは僕にキスをした。本当に優しいキスだった。
僕は妙に照れ臭くなって、芭蕉さんを突き飛ばした。
「っいたた…もう、曽良くんったら乱暴なんだから…」
「芭蕉さんがいきなり…そんなことするから…」
よろめきながら芭蕉さんは僕に近づいてくる。そして今度はぎゅっと抱き締めてくれた。芭蕉さんの体温が、身体中に染み込んでくる。
芭蕉さんが今ここにいることがはっきり伝わってくる。悔しいけれど、とても安心してしまう。
「何があったかは知らないけど、曽良くんが泣いてるのは嫌だなぁ」
「芭蕉、さん…」
「曽良くんは綺麗な顔してるんだから、笑ってる方がいいよ」
よしよし、と、まるで子どもをあやすように僕の頭を撫でる。いつもなら子ども扱いするなと断罪チョップの一つでもかましているところだが、生憎そんな気分ではない。
僕は芭蕉さんの腕の中に収まったまま、ぽつりぽつりと言葉を紡いだ。
「夢を、見ました」
「夢?」
「芭蕉さんが、逝ってしまう夢」
話しているだけで怖くなった。僕を抱き締めているその腕が、その体温が消えてしまうと思っただけで、また涙が溢れてくる。
「僕は一人で…っ冷たくなった貴方を抱き締めて、泣いていました」
「曽良くん…」
「貴方が…「私は君より早く逝く」なんて言うから…芭蕉さんのせいです…ぜんぶ…っ」
堰を切った涙は、どうしても止まらなかった。涙が芭蕉さんの着物の襟に染みを作る。夢の中と同じように。
「ごめんね、曽良くん」
「許しません…」
「曽良くん…」
芭蕉さんの優しい声に勝手に苛立って、つい駄々をこねてしまう。それでも芭蕉さんはくすっと笑って、僕を宥め続けた。
「でも、私はやっぱり、君より先に逝ってしまうよ」
「…っ!」
「でも、君がこんなに悲しんでくれるなら、私は嬉しいよ」
ありがとう、曽良くん、と芭蕉さんは嬉しそうに言った。
本当に、どうしようもなく腹が立つ。僕を馬鹿にしているのかとさえ思う。でも、覗き込んだ表情に偽りなんてなくて、芭蕉さんの本音なのだと思い知らされる。
この年の差が、経験の差が、悔しい。
芭蕉さんはまた僕の唇にキスをした。今度は舌が絡み合う、深いキスだった。
「っは…」
「私が死ぬ時に曽良くんが泣いてくれるなら、私は死ぬ直前まで君のことを考えられるんだね。幸福者だよ、私は」
馬鹿みたいに純粋な笑顔。僕はその表情に流されて、思わず僕も笑ってしまう。
「ほら、やっぱり曽良くんは笑ってる方がいいよ。涙は私が死ぬときまで取っておいて、ね?」
芭蕉さんはそう言ってまた頭をぽんぽんと撫でてくれた。
もう、こんな情けない姿は見せない。芭蕉さんが死んだその時は、指をさして笑ってやる。そう悪態をつきながら、僕は芭蕉さんの胸に擦り寄った。
end.
芭曽おいしいです。
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