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きみとの距離(タイ→ユキ)



 おかずを作りすぎてしまったのでハウウェザー基地を訪れた。抜けるような青空。白い雲。すっかり夏の様相の街。今日も平和だ。


「おーい、誰かいるか?おかず作りすぎちゃったからおすそ分けに来たのだが…」


 基地のドアを開けるとエアコンの冷気だろうか。冷たい風を感じた。ヒョウとアラレも連日の暑さに参っていて、エアコンは毎日つけっぱなしだ。ユキも熱さに弱いから、そのせいなのだろう。
 …と、ふと視線を落とすと、そこにはアメにマウントポジションを取りながら冷酷な顔で殴っているユキの姿が目に入った。


「べたべた纏わりつかないでくださいって何度言われたらわかるんですかねぇ!!」
「だって!!だってユキ昨日暑さでやられちゃってたし!!今日も溶けちゃってたらどうしようって僕心配で心配で!!!ユキから離れるなんて僕にはできないよおおおおお!!!!!」
「余計暑苦しいんだよこのド変態!!!」
「いいいいやほおおおう!!!!さすが今日もキレッキレだね!!!最高だよユキいいいいい!!!!」


 …これがこの二人の日常なんだということはわかっているが、改めて見ると迫力がある。

 二人の喧嘩…もといスキンシップ…というか愛情表現?をしばらく見つめていた。ユキのキレのあるパンチ、冷たい言葉、眼差し。綺麗な顔立ちも相まって、底知れぬ恐ろしさが見え隠れしている。
 どこか愉悦の表情も垣間見える。頬が返り血に染まる。相手がアメだから微笑ましく見ていられるが、初見なら相当ショッキングな画だ。

 ユキの視線が一瞬アメから外れた。そして、やっとこちらを向いてくれた。アメに向けられていたひどく冷たい目が、ゆっくりといつもの穏やかで優しい色に変わっていく。
 ユキはアメをほったらかしてこちらへと駆け寄ってきてくれた。


「タイフウさん!来ていたのなら声をかけてくださればよかったのに…」
「ああ、いや…一応声はかけたのだが…邪魔をしてはならないと思って」
「邪魔って…僕はただまとわりつくうるさい害虫を駆除していただけですよ?」


 罵倒する言葉が次から次へと流暢に出てくる様に、ある種尊敬してしまう。ボコボコにされて転がっているアメが離れたところでユキの言葉に喜んでいる。アメの執着も大したものだ思う。


「これ、おかずを作りすぎてしまったのでおすそ分けにと思ってな」
「まぁいつもすみません!助かります」
「今日は肉じゃがだ。ジャガイモが安くて沢山買ったんだが使いきれずに今日一気に調理してしまったのだ…」
「ありますよねぇ、そういうこと。タイフウさんの味付けは本当においしいので、嬉しいです。あ、中に入ってください。冷たいお茶、お出ししますね」


 お言葉に甘えて中に入り、リビングのソファーに座る。アメはすっかり力尽きたのか床で伸びていた。

 麦茶を持って戻ってきたユキの笑顔はいつものように可愛らしい。そしてその笑顔に似つかわしくない返り血。
 隣に座ったユキの頬に、そっと触れる。きめの細かい白い肌。


「あの…タイフウさん?」


 あの日のことを思い出していた。
 あの日、荒れていた頃のユキが珍しく劣勢で、危うく下衆な連中に襲われそうになっていた時のこと。
 その前から、ユキのことは気になっていた。随分危うい戦い方をするんだな、と思っていた。人を殴る型は綺麗で人を痛めつけるのには長けているようには見えたし、実際ユキは強かった。
 でも何かフラストレーションを抱え、それをどうにか発散するような、それに任せて暴れているだけのような。少しばかり無茶な戦い方のように見えた。まあ、素質なのかあの時まで劣勢になることはなかったのだが。
 危うくて、でも美しくて。目が離せなかった。だからあの時も少し離れたところから見ていたのだ。

 きっと、バイクのライトや街灯の逆光でユキからこちらの顔は見えていなかった。でもこちらからはよく見えた。あの時、傷だらけになっていたユキの悔しそうな顔。そんな顔ですら綺麗だと思った。
 この綺麗な人間を、側に置いておきたいと思った。これからも守ってやりたいと思った。汚したくないと思った。
 でも、近づけば離れていくだろう、とも思った。あの時のユキは誰も寄せ付けないオーラがあった。

 本当に、穏やかになったんだなと思う。今ハウウェザーとして平和を守るヒーローをしているユキは、何を言ってもしあわせなのだろう。


「タイフウさん…?」
「ああいや、血がついている…と思ってな」
「え?ああ、本当だ…お見苦しいところを、すみません」
「アメとはいつもああなのか?」
「まあ、毎日のルーティーンみたいなものです」
「仲が良いのだな」
「…そうでしょうか」


 冷えた麦茶を一口。乾いた喉に冷たい麦茶が気持ちいい。
 ユキはタオルで頬を拭きながら、複雑な表情を浮かべていた。幼馴染で、気の知れたアメがそばにいること。それはユキにとって大きなことなのかもしれない。
 ここにいるほうがきっとユキにとって良いのだろう。ヒョウもアラレもいずれはユキをチュウイホウに取り込みたいと言っているが、それは叶わない。私がユキを助けたあの日に気付いてしまった感情にも、もう希望はないと思う。ユキはここで、この先も生きていくのだろう。そこに入り込む余地はないし、きっとユキもここから離れることは出来ない。


「たまにはアメから解放されたい時もありますよ」
「そうか?」
「でも、やっぱり心配でここに戻ってきてしまうんです。そう思うと、悔しいですが、僕はやはりアメとの縁は切っても切れないのでしょうね」
「たまにはうちに息抜きをしに来ればいい。ヒョウもアラレもユキが来るのを楽しみにしているからな」
「そうですね。あ、あの子たちは元気にしていますか?」
「ああ、元気だぞ。エアコンは18℃にしてある」
「僕たちは暑いと溶けてしまいますからね…お世話をおかけします。またそちらにも遊びにいきますね!その時はお庭に雪山でも作ってあの子たちと遊びますから!」
「それは助かる。あの温度設定だと電気代がかさんで仕方ないからな」


 他愛のない話をする。これくらいの距離が丁度良い。少し離れた場所から見守る、あの頃から変わらない距離が、いい。愛情表現は、側にいることだけではないはずだ。


「あれタイフウくん、まだいたの?」


 わざとらしく、後ろで名を呼ばれた。どうやら気が付いたらしい。驚くまでの回復力で、顔の傷はほとんど見られない。心身ともにタフ過ぎる。そういう男が側にいるのだから、何も心配はないのかもしれない。


「もう起きたんですか?」
「ユキ、用事が済んだならもうタイフウくんには帰ってもらったら?」


 明らかな敵意を感じる。不純な動機であるとはいえ、ユキを大事に想って、今もずっと側にいた。他の男に敵意を抱くのも無理はない。


「ああ…そうだな。ユキ、もう帰る」
「え?まだゆっくりしていてくださればいいのに…」
「ヒョウとアラレを留守番させているのでな」
「…そうですか」


 そう言って、逃げるようにその場を離れた。またいらしてください、と言ってユキは玄関まで送ってくれた。
 帰り際、私を見るアメの表情が忘れられなかった。ユキと戯れていた時とはまるで別人のような、冷たい目をしていた。
 ユキを自分だけのものにしたいという独占欲。それはきっとユキを守るために必要なもの。ユキが関わらなければ誰に対しても朗らかで明るくてポジティブで、優しい男なのにな、と思った。

 いつかヒョウとアラレが巣立っていけば、ユキとの関係も切れるかもしれない。深追いすれば、その時に辛くなる。

 ユキはあの日のことを覚えているのだろうか。もう随分昔のことだ。覚えていなくても仕方はないが、あれからすぐ、ユキは更生したのだという。あの日のことがきっかけなら、もしかしたら覚えているかもしれない。
 あの日助けたのが私だと知れば、ユキはどう思うのだろうか。少しは見る目を変えてくれるだろうか。


「まあ、言えるわけはない、か」


 何を期待しているんだ、と一人苦笑した。

 夕方になろうとしているのに外はまだ明るくて、気温もまだまだ高い。早く帰ってやらないと。ヒョウとアラレが心配だ。
 これからもこんなふうに何でもない日々が続いていくのだろう。そしてこの先もユキと私は変わらず、この距離を保ちながら平和に過ごしていくのだ。それに何の不満があるだろう。
 そう何度も自分に言い聞かせる。アメを羨ましく思う気持ちには、気づかないふりをして。








end.

 


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あきゅろす。
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