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雨、のち(タイユキ)







 優しさは時に凶器になる、と、つくづく思う。僕からの何度目かの告白に、ただ苦笑いの表情を浮かべるだけのタイフウさんを見るだけで、僕は胸が痛くてどうしようもなかった。

 どうしてこの人のことを好きになってしまったんだろう、と、自問してみる。きっかけなんてたくさんありすぎて一つに絞ることなんてできない。初めて出会ったときの優しい眼差しも、全てを包み込んでくれるような大きな体も、世話焼きでお人好しな性格も、愛しくて堪らない。身内にしか懐かなかったヒョウとアラレが、タイフウさんにだけ妙に懐いていたのもそうだ。数えだしたらきりがない。

でも、一番大きかったのは、僕がハウウェザーでの立ち位置に疲れてしまったときに、親身になって話を聞いて、最後には、僕の為に泣いてくれたこと、だろうか。いくら幼稚園からずっと一緒にいるといっても、アメとこんなに真剣な話をしたことはなかったし、まして、僕を思って泣いてくれるなんて、アメに限らず経験がなかった。

優しい人だと思った。馬鹿みたいに優しい人だと、思った。その優しさを独り占めしたいと思ったのは、ごく自然なことだった。


「タイフウさん、好きです」
「ああ、ありがとう」
「タイフウさん…」
「…、ああ、そうだ。ヒョウとアラレがユキに会いたがっていたぞ」
「…そうですか」


 何度思いを伝えたところで無駄だとわかっている。最近は、何を言っても軽くあしらわれるばかりだ。確かに、好き、という言葉を安売りしすぎたとは、思う。でも、言わずにはいられなかった。どうしても伝えたくて、僕の気持ちをわかってほしくて仕方なかったのだ。それに対する答えが、たとえ拒絶する言葉だって構わない。思いが伝わった結果がそれなら、諦めもつく。きれいごとかもしれない。でも、覚悟があるのも事実だ。なのに、タイフウさんは、受け入れることも突き放すこともしてはくれない。ただ困ったように、「ユキと私は敵同士だから」と言って笑うのだ。

きっと、僕を傷つけないためにこんな態度を取るのだろう。でも僕は一般論を聞きたいわけじゃない。タイフウさんの気持ちが知りたい。ただそれだけなのに。拒絶すらしてくれない。諦めることさえ許されない。次に進むことも、縋りつくこともできない。こんな優しさは、いらない。

 このままずっと、冗談だとはぐらかされるだけ、なのだろうか。そう思うと急にむなしくなった。一方的だと分かっている。恋と呼んでいいのかすらわからない、自分の思いをぶつけるだけの、独りよがりな感情だ。自分勝手だ。自分でもいやになるくらい。でも。それでも。


「タイフウさん、こっち向いてください」
「ん?どうした、ユキ」
「…タイフウさんは、僕が嫌いですか?」
「…っ、何を言ってるんだ」


一度口をついた言葉は簡単には止まらない。後悔するだろう。泣いてしまうかもしれない。でも、これ以上、自分の胸に悲しみを押し込めて痛みに気づかないふりをするのは不可能だ。心は悲鳴をあげていた。無理矢理抑え込んだ感情は、必要以上に鋭い言葉になって零れ落ちる。


「嫌いなら嫌いで構いません。この気持ちが迷惑なら、それでいいんです」
「ユキ…」
「もしかしたら、タイフウさんは僕の言葉を冗談だと思っているかもしれませんが、僕は本気です。タイフウさんが好きです。好きで好きで、どうしようもないから、何度も伝えてるんです」
「…」
「これ以上、期待させないでください…そんな優しさは迷惑なんです…もう、僕は…っ」


 タイフウさんに向けた鋭利な言葉は、同時に僕も傷つける。ずっと気づかないようにしていた思い。言葉。もう、限界なんだ。
 嫌いなら嫌いで構いません、なんて嘘だ。嫌いと言われて正気でいられるわけがないじゃないか。この言葉は僕自身を納得させるための言い訳だ。でも、そんなことを言ってしまうくらい、僕は切羽詰まっていた。期待すればするほど空しくなって、苦しくなって、タイフウさんのことまで嫌いになりそうで。

 解放してほしい。もう終わりにしたい。傷つきたくない。この気持ちを持ち続けるだけで、気が狂ってしまいそうなのだ。

 鼻の奥がつんとして、視界が歪んでいく。熱を持っていた液体は冷えて、雫になってぽたりと落ちる。濡れた頬が乾くことはなく、次から次へと溢れてくる。涙ってどうやって止めるんだっけ。あの時の悔し涙はどうやって止めたんだろう。あの悲しくて仕方なかったときに流した涙は、どうやって止めたんだろう。僕はヒーローなんだから、泣いてばかりいちゃいけないのに。また弱いころの僕に戻っていくみたいだ。しかも、よりにもよって敵である、この心優しい悪の組織の総統のせいで。終わっていく。僕の淡い恋。


「ユキ…」
「…っ」


 ろくに顔も上げられず、うつむくだけの僕の頬に、タイフウさんの手が触れる。残酷なほど優しいその体温は、僕を溶かすには十分すぎるもので。ああ、この人は最後までこんなにも優しいのかと、恨めしく思った。


「なに、」
「ユキ…」
「タイフウさん…こんな時は黙って去ってくれていいんですよ…それが本当の優しさなんです」
「違う…違うんだ、ユキ…顔を上げてくれないか…」


 タイフウさんの、懇願するような声。僕はタイフウさんがどんな表情でそんな声を出しているのか気になって、ゆっくりと顔を上げた。

 情けないような、何かを耐えているような、何かを悔いるような。いろいろな感情が入り混じった表情が目に入る。どうしてそんな顔を、と思ったと同時だった。僕の唇に、柔らかいものが触れて、塞いだ。キスを、されている。そう理解した頃には、タイフウさんの舌が僕の口内を這って、愛撫されていた。徐々に上がっていく息。酸素が足りなくて、頭がぼぉっとする。夢、みたいだ。


「ん…ぁ、はぁ…っ」
「は…っ、ユキ…」
「ぁ…ふぁ…んん…」
「ユキ…、すまない…っ」


 切羽詰まった声だった。僕はいまだに何が起こっているのか理解できずに、ただタイフウさんの行為を受け入れている。どうしてだとか、もう関係ない。夢だとしても構わない。この時間が愛しくて、ずっとこのまま、タイフウさんと恋人のようなキスを、していたい。

 どれくらいの時間そうしていただろう。あんまりにも非現実的で幸せな時間だったから、勝手に気が遠くなるほど長い時間だったように感じているだけかもしれないが、僕は永遠を感じてしまうほどの時間だった。おかしくなってしまいそうになるくらいだった。
 そっと唇が離れ、僕の肩を抱いていた手が離れていく。蕩けきった頭はもっとキスをしていたいと願う。でも、どこか冷静な声が頭の中で響いていた。もう終わりなんだ、と。期待してはいけない、と。


「タイフウ、さん…」
「ユキ…ほんとうにすまない…」
「…っ、本当にタイフウさんは、残酷な人ですね…」


 その優しさが好きだった。冷たく突き放せないタイフウさんが好きだった。傷は深くなった。でも、それさえ愛しかった。僕が長い間抱いていた思いは、間違いではなかったのだと思えた。でも、それもこれで…


「ユキ…今まで逃げ続けて、すまなかった。お前のことがずっと好きだったのに、怖がって逃げてばかりで、こんなに傷つけて…私は本当に馬鹿だ…」
「…え?」


 終わり、だと。そう思っていたのに、タイフウさんは僕の手を取って、優しい視線を僕に向けて、そう言った。
 好きだと、言った?タイフウさんが、僕を?そんなわけ、あるはずがない。でも、タイフウさんの体温はやはりあたたかくて。僕はどんな顔をしていいのかわからず、ただぼぉっとタイフウさんの顔を見ていた。


「タイフウさん…今、なんて…」
「好きだ。ユキが、好きだ。ユキに告白される前からずっと、好きだった」
「そんな…嘘…いいんですよ、気を遣わなくて…」
「気なんて遣ってない。本当だ。はぐらかしていたのは、怖かったからだ。男同士で、敵同士で…それに、ヒョウとアラレを預かっている身としても。簡単じゃないと思っていたんだ」
「タイフウさん…」
「でも、そんなことよりも一番怖かったのは、」


 手首をぐいっと引っ張られ、タイフウさんの腕の中に閉じ込められる。タイフウさんの匂い。思いのほかタイフウさんの僕を抱きしめる力が強くて、思わず息が詰まる。


「ちょっ、と…苦し…ぃ」
「加減がわからなくて、壊してしまいそうなのが、怖かった」


 ああ、なんて幸せなんだろう。今までの傷なんて、一瞬で癒えてしまった。単純だ。馬鹿だと思う。でも、幸せなんだ。仕方がないじゃないか。


「タイフウさん…っ」
「ああ、すまない…苦しかったよな…」
「違う…離さないでください…もっと、こうしていたい…」
「ユキ…」
「今までの分…埋めさせてください…」


 タイフウさんの背中にしがみついて、その感触を確かめる。長い間焦がれていた感触だ。ずっと触れたかった体だ。


「ユキ…許してくれるか?」
「許しません」
「え!?」
「これからずっと、僕を好きでいてください。それで、許します」


 傲慢な言葉だと思う。でも、これくらい許されるだろう。タイフウさんは当たり前だ、と言って笑った。その言葉が現実になるかはわからない。でも、今はその言葉がなにより嬉しい。僕はこの幸せを噛みしめながら、タイフウさんの胸にすり寄った。この体温が永遠に僕のものであることを祈りながら。









End.







タイユキのユキちゃんはぐいぐい行きそうなイメージ









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