main むかしの話をしよう 久しぶりに二人で飲みませんか、と誘ったのは僕のほうだった。みんなが寝静まったハウウェザー基地。ソファーで二人並んで、くだらないバラティー番組をBGMに、お酒の入ったグラスを傾ける。つまみは冷蔵庫の余りもので僕が作ったものだ。アメはだいぶ酔ってしまったのか、赤い顔をしてへらへらと笑っている。僕はそんなアメを見ながら、思わず苦笑する。 思えばアメと出会ってから随分と時間が流れた。アメに出会ったのは幼稚園の頃だった。あの頃から、僕らの関係はたくさんの変遷を経たと思う。 アメと出会って間もないころ、僕はアメの存在がまぶしかった。どちらかというと苦手なタイプだった。アメは自分に多大な自信があって、いつも笑っていた。僕はといえば、体が弱かったこともあり、何かにつけて周りと比べられることが多かった。そのためか、自分に自信が持てなかったのだ。 あの子はまた身長が伸びて大きくなったのに、だの、男の子なのにそんなに細くてどうするの、だの。単純に、悔しいと思った。情けないとも思った。男の子なのに、周りに支えられてばかりで。誰も守れないで。自分のことなんか、大嫌いだった。 当時の僕は周りの目や言葉が怖くておどおどしていたのを覚えている。そんな僕に、アメはなぜかいつもくっついてきて、いろんな話をしてくれたのだ。そして、ある日アメは言った。 『ユキはどうしてあんまり笑わないの?』 『え…そんなことは…』 『ユキは笑ったほうがかわいいよ。もっとじぶんを好きになればいいのに』 『でも…』 『ぼく、ユキのことだいすきだよ。だから、ユキもユキのこと、好きになりなよ』 なんて傲慢な言葉だろう、と、今でこそ思う。だけど、当時のアメの言葉は今でも時々思い出す。そして、思い出しては心が温かくなるのだ。 でも、まさかこの歳になって、まだこの男の隣にいるなんて。そう思うと、なんだか可笑しかった。 「んん…ユキ?お酒、もう飲まないの?」 「飲んでますよ」 「うそだ、全然酔ってないじゃない」 「あなたが酔っぱらいすぎなんです」 「ううん…なんでだろ…昔はもっと飲めたのに…」 「はいはい。年寄りくさいこと言わないの。それに、アメは前から弱かったですよ」 自分でも驚くほど長い時間、アメと一緒に過ごしてきた。ずっと、アメを見てきた。ほかの誰よりアメのことを知っていると思っているほどだ。 アメは、だらしない笑顔のまま、またグラスに口をつけた。 「そういえばさ、なんで急に二人で飲もうなんて思ったんだい?」 「特に理由はありません。ただ、少しお話をしたいなぁと思っただけです」 「話?」 「昔の話を、したくなっただけです」 アメは不思議そうに僕を見た。しかし、すぐに表情をゆるめ、ふにゃりと笑った。 「昔の話かぁ。話すことが多すぎるよ」 「そうですね」 「出会ったころの話?小学校の時?中学?それとも、ユキがぐれちゃったときの話?ヒーローアカデミーのとき…も、あれ、何年前の話なんだろ」 「そう考えてみると、ずーっと僕たち一緒にいたんですね」 「そうだね!愛しいユキとずっと一緒にいられてうれしいよ、僕!」 屈託のない笑顔で言った。ばかだなあ、と思うと同時に、変わってないなあと思って、なんだか嬉しくなってしまった。 普段なら気持ち悪いと言って一蹴してしまうところだが、今はお酒の席だ。少しくらい素直になってもいいだろう。僕は体をアメのほうに向け、その青くさらさらの髪に手を伸ばす。 「ユキ?どうしたの?」 「アメは、変わりませんね」 「そうかな?」 「変わりません。いつもバカみたいに明るくて、自信を持っていて、素直で」 「性格だから仕方ないよ」 「…あなたが変わらないことが、嬉しい」 「え?」 「ずっと、あなたが好きだということです」 そのままアメの首に抱き付く。酔いも多少回っているのもあり、体が熱くなっていく。我ながら、恥ずかしいことを言ったものだ。アメはふっと笑って、グラスをテーブルに置いた。そして、そっと僕の肩に手を添えた。 「ユキ、酔ってる?」 「そういうことにしておいてください」 「はは、かわいいなぁ、ユキは」 「うるさい」 「ね、顔あげて」 「いやです」 「ユキ、僕ね、ユキの笑ってる顔が好きだよ」 「…っ!」 驚いて、思わず顔を上げてアメの顔をじっと見た。あの時に言われた時と同じだ。心底愛しそうなに言うその声は、あの時と何も変わっていなかった。 「あ、顔赤い」 「な…っ少し、酔ってしまっただけです!」 「ふふふ。ねえ、ユキ覚えてる?出会ってすぐくらいの時、ユキってば全然笑わなくてさ」 「…」 「なんで笑わないんだろうって思ってた。ユキが笑ったら、絶対かわいいのにって」 「それは、」 「でさ、僕言ったんだよ。なんで笑わないのって。いつもびくびくしててたから、もっと自分のこと好きになればいいのにってさ。そしたら、その日を境にユキが笑ってくれるようになった。ユキは覚えてないかもしれないけど、その時、僕すごくうれしかったよ」 「別に、あなたに言われたからじゃありません」 「あれ、覚えてるんだ」 「…っ」 まさか、その言葉に今まで支えられていたなんて、言えるはずがなかった。でも、アメがそのことを覚えてくれていたのが、僕と同じように大切な思い出だと思ってくれていたのが、嬉しくてたまらない。 「でも、ユキがよく笑うようになって、どこか複雑だったよ」 「え…どうしてですか?」 「だって、僕以外の子たちもユキの可愛さに気づいちゃったから」 「…何バカなこと言ってるんですか」 「だってほんとのことだもん!」 アメは僕の頭をそっと撫でて、優しい目で僕を見つめる。酔っぱらっているのも手伝って、いつも以上に情けない、だらしない表情。僕が長いこと見てきた、呆れるほどに愛しい表情。 「だからね、ユキが今僕の隣にいてくれてるのが嬉しいんだよ」 「え、」 「誰でもない、僕の隣にいてくれることが、嬉しいよ」 そう言ってアメは、触れるだけのキスをした。恥ずかしいことを恥ずかしげもなく言うのは、昔から変わっていない。 時計の針が回る。また僕たちが一緒に過ごした時間が増えて、積み重なり、溜まっていく。きっとこれからも当たり前のように、こうして僕たちの時間は蓄積されていくのだろう。 「あ、そうだ。アルバム」 「アルバム?」 「僕の部屋に全部取ってあるんだ。と言っても、ユキの持ってるやつと一緒だけど」 「そういわれてみればそうですね。で、アルバムがどうかしましたか?」 「アルバム見ながら飲もうよ。きっといろんな話ができるよ」 アメはそう言うと、自分の部屋にアルバムを取りに行ってしまった。僕はその背中を見ながら苦笑する。 積もる話も積もらないくらい、片時も離れることはなかった。それでも、まだまだ話したいことがたくさんある。これからも、いろんなことを思い出して、あふれる言葉をお互いに交換し合うのだろう。 僕はなんだかこの時間が急に愛しくなって、アメの後を追いかける。食べ終わった料理のお皿だけは、流しに置いておいた。もしそのままアメの部屋で一夜を明かすことになっても、まぁたまにはいいだろう、と、些か散らかったテーブルを見て思った。 Emd. しかしこのユキちゃんデレデレである。 ★ [*前へ][次へ#] [戻る] |