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ねこのあくび。





いつもの何気ない景色が春に染まっていく。柔らかい日差しを浴びて固く閉じた蕾がほころび始める。ユキは気だるそうに桜の咲き誇るのを見ていた。春がやってきてしまう。暖かく柔らかい春が。


「もうすっかり春ですね」
「そうだね。この道沿いの桜も、あと3日くらいで満開だ」
「早いですね。少し前まで、僕が各地で仕事をしていたというのに」
「今年は頑張りすぎだよ。少し休まないとね」


過ぎ行く冬を惜しむように、ユキは寂しげに目を伏せた。ユキは冬が好きだという。それは雪の化身だからということももちろんだが、それだけが理由ではないらしい。凛とした朝の空気や、透き通る夜空が綺麗で好きなんだと、以前ぽつりとこぼしたのを覚えている。


「こう暖かいと、ぼんやりしてしまいます」
「眠くなっちゃう?」
「そうです。全然目が覚めない。なんだか甘やかされているような気がします」


まるで貴方のようです、と、ユキは小さな声で言った。

日陰に入ると、まだ冬の冷たさを残した風が吹いている。体に溜めた熱が、すぅ、と逃げていくような気がした。隣にいるユキの指先はいつも冷たいけれど、今はどんな体温なのだろう。太陽のぬくもりを残しているのだろうか。それとも、いつものように冷たくなっているのだろうか。考えるほどに触れたくなって、僕はそっとユキの指を握る。触れた感覚は、やはりひんやりとしていた。
いきなりのことで驚いたのだろう。ユキは僕の顔を怪訝そうに見つめた。


「…、」
「冷たい」
「もともとです」
「春みたいな僕が温めてあげる」
「…そういう意味で言ったんじゃありません」


じゃあどういう意味なの、と聞くと、自分で考えなさい、と言って笑った。

春の風が僕たちをつつむ。確かに、甘やかされているみたいだ。不意に眠気が襲ってきて、思わずあくびが出た。すると、僕に釣られたユキもあくびをしていた。


「ふふ、あくび伝染った」
「貴方が大口開けてあくびなんかするからです」
「あはは、」


なんか、いいなあ。なんだか心まであったかくなるみたいだ。何気ない会話で、仕草で、どうしてこんなにしあわせを感じられるんだろう。
その答えはひとつだけ。


「ユキもさ、春みたいだよ」
「僕は雪の化身です」
「そういうことじゃなくてさ。ユキと一緒にいると、心があったかくなるから」


しあわせ。相も変わらずユキのそばに居られて、しあわせだ。


「…そういうところが、世界を甘やかす春みたいだって言ってるんですよ」


ユキはそう言うと、早足で先に歩いて行ってしまった。僕は駆け足で追いかける。それは甘い、春の始まり。







end.








気づいたら春だった。











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