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焦がれるアクアリウム。




綺麗な色をした魚が、僕たちの周りを旋回する。きらきらひかる宝石みたい。でもユキはそんな魚には見向きもせずに、ナポレオンフィッシュの水槽の前からしゃがみこんで動かない。その後姿が妙に寂しげに見えたのは、恐らく、いや、絶対に僕のせいだ。


「ユキ、いつまでそこにいるの?」
「…」
「ユキ…」


僕の言葉を華麗に無視して、ユキはナポレオンフィッシュの動きに合わせて視線を泳がせる。ガラス越しにほんの少しだけ見えるユキの表情は、笑っているようにも、怒っているようにも、はたまた、泣いているようにも見えた。


「ねぇ、ごめんって」
「…」
「…ほんのちょっと他の女の子見てただけじゃない」
「ちょっとじゃないです」


僕の言葉を否定するためだけに振り返った。それはほんの一瞬で、表情はあまり良く見えなかった。でも、いつもより弱弱しい声が、僕の胸を締め付けた。
ユキは昔から自分に向けられている好意には疎かった。だからこそ、ユキはわかってないんだ。僕がどれだけユキのことが好きで、ユキだけを想っていて、今ユキが悩んでいることがどれだけ無駄なことか。
人混みの中、ユキだけ見てたら転んじゃうかもしれないじゃないか。それに、僕が見てた女の子だって、どこかユキに似てたから気になって見てしまっただけなんだ。僕が好きなのはユキだけ。そんなの、昔から知ってるでしょ?


「ねぇ、こっち向いてよ」


思ったよりも情けない声。ユキはまだこちらを向いてくれない。今ユキがどんな表情をしてるか、水槽の魚しか知らないなんて寂しいじゃないか。

高校時代、グラウンドから保健室にいるユキを見つけて見とれていたら転んでしまった僕を知らないくせに。ずっと、ユキしか見えてなかったんだ。このときから、いや、もっと、ずっと前から。


「ユキ」
「アメなんて知りません」


強がって言ったであろう言葉が、少し震えている。ユキは今どんな顔をしているのだろう。涙が零れないように必死にこらえているのかな。だったらその目尻に溜まった涙をぬぐってあげないと。だから、ほら。早くこっち向いて。早く機嫌直してよ。じゃないと僕は、ユキのことが気になりすぎておかしくなりそうだ。
こんな風にユキの顔が見られないことがつらく感じる。それほどまでに、僕はユキのこと、大好きなんだよ。

たまらず僕は、ユキにそっと近づいて隣にしゃがみこんだ。少し強引に顔を覗き込む。予想したとおりの表情。僕はハンカチで零れそうな涙を優しくぬぐった。


「ユキ、ごめんね」
「、っ」
「機嫌、直してくれる?」


人混みに隠れて、そっとユキの髪にキスをした。甘いシャンプーの香り。ユキは頬を赤く染めてこちらを見ている。


「あ、やっとこっち向いてくれた」
「だってあなたがこんなところで…っ」
「誰も見てないよ」


そう言って笑うと、ユキは勢いよく立ち上がって先に行ってしまった。手を握ると、ユキは呆れたように笑った。
僕は少し湿ったハンカチをポケットに突っ込んだ。そして、ユキと二人きりの貴重な時間が、少しでも長く続くように願った。










end.











スーパー乙女ユキちゃん

まっきーさんの『手/を/繋/い/で/帰/ろ』より。













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