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朝が来るまで。









白い冬が終わり、鮮やかな春が来る。ユキは少し気だるそうにすることが多くなった。季節の変わり目、特に冬から春にかけては、体調を崩しやすい。こんな風に弱々しい姿も、もう見慣れたものだ。しかし、見慣れたといっても心配なのは変わらないし、不謹慎にもかわいいと思ってしまうのも変わらない。
そして、ユキに触れられずに欲求不満になってしまうのも。これは不可抗力なのだ。


「ユキ、もう寝た?」


夜が深まり始めた頃。どうにも我慢できなくなって、ユキの寝室にこっそりとお邪魔した。罵倒されることはもちろん、殴られることも覚悟の上での侵入だ。とはいえ、何をするつもりもない。ただ、ユキを見るだけ。あわよくば、ほんのちょっとだけ触れたい。なんて。ただそれだけだ。でも、きっとそれは叶わないだろう。だって、ユキは他人の気配には敏感で、それは長年一緒にいる僕に対しても例外ではないのだから。
しかし、予想に反してユキの反応は薄く、拍子抜けしてしまった。


「あれ、ユキ?もしかして起きてる?」


そっとユキの顔を覗き込む。瞼はしっかりと閉じられていた。長いまつげが影を落としている。規則正しい呼吸が聞こえる。どうやら寝ているらしい。
ユキがこんなに無防備なのは珍しい。僕はそっとユキの髪を撫でた。その手はやがて頬に触れ、そして、唇に触れた。


「そんなに無防備だとちゅーしちゃうよ?」


冗談めかして言った声が、静かな部屋に響く。久しぶりに感じるユキの体温。唇に触れていただけの指が、次第に意思を持ち始める。

気づかれないように優しく唇を重ねると、ユキの吐息を感じた。ただ、自らの心臓の音がうるさかった。
ユキの瞼は閉ざされたまま。僕はいい気になって、音を立てないようにこっそり布団のなかに潜り込んだ。もしユキが今起きてしまったら、僕はどうなってしまうんだろう。口汚く罵られるだろうか。殴られるだろうか。別にそれはそれでご褒美だから良いのだけれど。

そっとユキの体を抱き締めると、ユキは少し身動ぎをした。そして、閉ざされていた瞼が漸く開いて、その瞳にぼんやりと僕が映り込んだ。


「あ、」
「ん…アメ…?」
「え、っと…ごめんね。起こしちゃって」


ユキはまだ意識がはっきりしていないらしく、じっと僕を見つめているだけだった。
沈黙が流れる。こんなときにうまい言い訳なんて思い付かない。だから、僕は正直に胸のうちを明かした。


「春だし、ユキが体調良くないのわかってたんだけど…やっぱり寂しくて…触れたくて仕方なかったんだ」
「…」
「ユキ?」
「っ、」
「う、わ…っ」


怒られるかと思いきや、ぎゅ、と首に抱きつかれた。吐息が耳に当たる。
驚いて手を離すが、ユキは更に僕の胸に擦り寄った。


「ユキ、」
「もうすこし、このまま…」


ユキは僕の胸に顔を埋めてそう言った。僕のシャツを握るユキの指の力は、意外と強かった。


「ねぇ、今日はこのまま一緒に寝ても良い?」
「ん…」
「…あれ、もう寝ちゃった?」


明日ユキが目覚めたとき、この出来事を覚えているだろうか。ユキのことだから、覚えていても忘れている類ふりをするかもしれない。
それでも、良い。ユキが素直に甘えられないことも知っているから。

それにしても、だ。


「生殺し、だよね…」


絡まる脚。シャンプーの匂いに混じるユキの香り。間近に感じる、体温。


「眠れるかな…」


無理やり目を閉じて、神経を集中させる。このままずっとこうしていたい。でも、早く朝になって欲しい。そんな矛盾を抱えながら、ユキの体を抱き寄せた。









end.









高まる欲求不満。













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