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涙の海。








悲しみを押し殺して笑うユキの表情は、僕の心臓を強く締め付けた。どうしてこんな表情をさせてしまったのだろうか。どうして気づけなかったのだろうか。目の前が霞んでいくのがわかった。

僕は昔のことを思い出していた。まだ僕たちが小学生の頃だっただろうか。当時のユキは体も弱く、いつもどこかしら不安げな表情を浮かべていた。入学したての頃は特に、僕しか頼る人間がいなかったためか、僕にべったりだった。
次第にお互い別の友達も増えていったが、やはり心を開くのには時間がかかる。ユキは特にそうだった。しかし、僕は新しい友達と遊ぶことが増えていった。少しずつ、ユキとの時間が減っていった。今考えれば、ユキが心細かったことくらい容易に想像できる。それなのに、当時の幼い僕は、ユキのその不安に気づいてあげられなかった。
そんな日々が何日も何日も積み重なっていった。僕は何にも気づけずに、その日々を過ごしていた。
そして、事件は起こってしまった。

それは久しぶりに二人きりで家に帰っている時のことだった。その日はユキの歩くスピードがやけに遅かった。ユキの歩幅と僕の歩幅が違うことは知っていたが、どうにも気になって振り返って見ると、そこには大粒の涙を零しているユキの姿があった。


『え、っユキ!?なんで泣いてるの?どっか痛い?しんどい?苦しい?』
『っ、そんなんじゃ…ありません、』
『じゃあなんで…』
『…っ泣いてません!』
『あ、ユキ!』


突然走り出したユキに驚いてしまったが、僕はすぐにユキのあとを追いかけた。あんな風に苦しそうなユキを見たのは初めてだった。 元々体力があまりないユキに追いつくのは簡単だった。ユキは涙を零すまいと必死で我慢している。その姿がけなげで、悲しかった。


『ユキ、っ』
『離してください…』
『こんな状態のユキを放っておけるはずないじゃない』
『っ、』

力をこめてユキの手首を掴む。逃げてしまわないように。僕から離れてしまわないように。
ユキはとうとう諦めたのか、ゆっくりと力が抜けていった。僕はユキの目をじっと見つめた。涙のあとが痛々しかった。


『ねえ、何があったの?もしかして、誰かにいじめられてるとか…』
『アメの、せいです…』
『…え?』
『アメが、僕以外の人と…仲良くしてるから…』
『ユキ…』
『アメは、僕と一緒にいるより、あの子達といるほうが楽しい、ですか?』


それはあまりに悲しい言葉だった。僕は、ユキの何を見ていたのだろう。こんな言葉を言わせてしまうなんて。自分が情けなかった。


『アメ…こんな弱い僕はいやかもしれないけど…でも、僕から離れないでください…』


思えばこれが、ユキが初めて言ったわがままだったのかもしれない。そして、僕はこのときに誓ったはずだった。ユキから目を離さないでおこうと。ユキに寂しい思いなんてさせない、と。
でも、愚かな僕はまた繰り返してしまった。僕は大人になったはずなのに、あの頃よりも心に深い痛みを感じていた。そして、大人になったユキはあの頃よりも痛々しい表情で立ちすくんでいた。


「ユキ、」
「別に、寂しいとか不安とか、そういうんじゃありません」
「…っ」
「もう泣きません。僕はあの頃みたいに子どもではありませんから」


出来心だった。ほんの少しだけ、ユキを嫉妬させてみたかった。ユキがほんとは弱くて、素直じゃなくて、一人で我慢することを強さだと勘違いしていることも、僕はちゃんと知っていたはずなのに。
ユキと面識のない相手と、必要以上に馴れ馴れしく振舞った。そのときのユキの寂しそうな表情に優越感を抱いていた僕は、なんて最低なやつなんだろう。
ユキはひとつ大きく息を吐いて顔を上げた。そうやってまた一人で飲み込んでしまおうとしている。そんなユキを見たくないから、僕はユキのそばにいようと決めたのに。ユキをすべての悲しみから守りたいと思ったのに。


「だから、何もあなたが気に病むことなんて、」
「…そんなの、全然大人じゃないよ」
「…、」
「我慢なんて、しないでよ」
「そんなこと言われても…」
「そんな顔されるくらいなら、泣いてくれたほうがましだよ」


ゆっくりとユキに近づく。ユキは少し体をこわばらせ、不安そうに僕を見つめていた。
時が経っても、きっと変わらないのだろう。あの頃のユキの表情と重なった。


「アメ…っ」
「ごめんね、僕が馬鹿なことしたばっかりに…」
「僕のそばから離れないでって、っ言ったのに…」
「…っ」


久しぶりに見たユキの涙はぞっとするほど綺麗で、思わず息を呑んでしまった。
僕はユキをそっと抱き寄せた。ユキの体温が伝わってくる。
いつの間にか僕のシャツの肩がユキの涙で滲んでいた。僕はその涙がシャツに吸い込まれていくことにさえ嫉妬を覚えていた。僕がユキに流させてしまった涙なんか、僕が全部掬って飲み干してしまいたかった。


「僕が見てるのは、ずっと昔からユキだけだよ」
「アメ…」
「ユキが僕を好きな気持ち以上に、僕はユキを想ってるから」
「っ、」
「だから安心してよ。何も心配することなんてないんだよ」
「だったら、もうこんな真似はやめてください…」
「そう、だね…」


涙をたくさん溜めた目で見つめられると、どうしてもいたずら心がわいてしまう。
僕はそっとユキの頬に伝った涙をぬぐって、言った。


「僕がユキを好きな気持ちと同じくらいユキも僕のこと好きになってくれたら、こんなことする必要もないんだけどね」


その言葉を聞くと、ユキはあきれたように笑った。

自分と同じ感情を相手に求めることが間違っていることくらい知っている。でも、望んではいけないとは思わない。だって僕たちは、恋をしているのだから。

ぎゅっとユキの体を抱きしめる。この体温が離れていかないように、僕はその腕の力を強めた。







end.






嫉妬させたい。











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あきゅろす。
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