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精神安定剤。
 


※過去捏造













ゆらり、紫煙が棚引く。
基地には誰もいない。勿論、アメも。しん、と静まり返った部屋に夕陽が差し込むと、いよいよノスタルジーに拍車が掛かる。僕はただ、時計の秒針の音に耳を傾け、久しぶりに煙草を吸っていた。

苦い、煙草の味。
高校時代、煙草を吸うことで社会に反抗しているつもりでいた時の記憶が蘇る。

ユキは真っ白で綺麗だ、と誰かが言った。穢れを知らぬ子どものようだと、言った。僕はその言葉に縛られ続けていた。僕の中にだって穢いものはある。純粋なものだけで構成されているわけでは、決してない。それなのに、こんな風に言われる自分に嫌気が差した。アメは、僕の苦しみに気づいているようだった。事実、彼は「ユキは自由に生きて良いんだよ」と何度も言ってくれた。でも、当時の僕はその言葉すら煩わしく、薄っぺらいものに聞こえてしまった。優しすぎる言葉は、嘘に聞こえてしまっていた。
僕はいい子で居続けるのが苦しかったんだ。だから、僕は当て付けのように歪んでいった。煙草は“当て付け”の最たるもので、煙が体内を充満していく度に肺も体も黒くなっていくのが気持ち良かったのだ。僕だって、穢い。それを思い知らせてやりたかった。


でも、いつからか煙草を吸う目的は変わっていた。煙草を吸うタイミング。それはいつも、心にぽっかりと穴が空いたときだった。その穴の正体。最初こそ、自分をわかってくれない周りに対する不満だった。でも、いつしかそれは、寂しさへと姿を変え、それを紛らすために煙草を吸うようになった。埋めようのない寂しさを、煙で覆って誤魔化した。それが、いつの間にか癖になっていた。

しかし、更正してからは(徐々にではあるが)煙草を日常的には吸わなくなっていった。慢性的な寂しさから抜け出したからだ。きっと。煙草なんて、百害あって一利なし。それは、はじめから知っていたこと。でも、わかっていても、どうしても吸いたくなるときがある。それが、今みたいに、理由もなく寂しくなったとき、だ。癖は一度ついてしまうと中々治らないものなのである。

ふ、と息を吐く。体内に吸い込んだ煙が辺りに広がる。僕の中の、どうしようもなく満たされない何かが、ぼんやりと霞んで見えなくなる。


「今日は、キスできませんね…」


アメは、煙草を吸っていた時期の僕を知っている。だから、アメは煙草の匂いを嫌う。一度、煙草を吸った日にキスをしたことがあった(正確にはキスをされた、だが)。すると、アメは顔をしかめ、そして悲しそうに目を伏せた。口では言わなかったが、目は確かに言っていた。こんなユキとはキスしたくないよ、と。
高校時代の僕を間近で見てきたアメには辛いだろう。アメはあの頃と同じ目をしていた。そして、もうあの頃に戻ってほしくないという切実な願望が、痛いほど伝わってきた。その目を思い出すと、胸が痛む。


ゆらり、また紫煙が棚引く。
寂しさが部屋に溶けていく。窓の外に目をやると、さっきよりも少し暗くなっていた。
もうすぐ、みんな帰ってくる時間だ。みんなが帰ってきたら、少しはこの行き場のない寂しさや不安は消えるだろう。その前に、僕の弱さが溶けた煙草の匂いを消さなくちゃ。今日はカレーにしようか。ああ、でもそんなことしたら、ライに怒られてしまう。

何でもない日常。平和で、平凡で、素晴らしい日常。きっと、あの頃だって同じ日常があったはずだ。ただ、あの頃と違うのは、僕のすべてを受け入れてくれる人がたくさんいること。そして、優しい言葉を信じられるようになったこと。
僕はその日常を生きている。あの頃の僕の行動を、後悔していないと言えば嘘になる。でも、否定はしない。

苦い、その味は。棚引く、紫煙は。
僕の弱さを隠す道具。僕の脆さを誤魔化す道具。
そして、それは確かに僕の一部を形成している。消すことなんて出来ない。誰にも知られずに、精神を安定させる。

さぁ、素晴らしい日常に戻ろう。僕はいつものようにキッチンに立つ。日はすっかり落ちてしまっていた。









end.








よくわからない話になってしまった。
寂しいときには誰にも知られないように煙草を吸うユキちゃんとか素敵と思ったのですが…こんなはずじゃなかった…











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