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今なら


「タカヤ!」


久しぶりのそれを
少しでもはっきり見ようと、
俺は、

前に進んだ。










大丈夫、大丈夫、
俺は出来る。
まずは相手を信じること。
そこから始まるんだ。










シニアに新しく入ってきたなんだか怖いハルナという人は、いきなり背が小さいだの喧嘩をうるなだの、まったく、協調性のかけらもないような人だった。
俺はそのハルナという人とバッテリーを組むことになった。
今思うとなんだかなぁ、無用の長物を押しつけられたような気がしてならない。
でも俺は喜んだ。
それはもう喜びすぎてその日家族から部屋を出るなと言われたくらいだ。
たぶんソファーの上を走り回って転げ回ったのがいけなかったんだと思う。
とにかく嬉しかった。
始めて自分が捕手として認められたと思った。
テレビで見るような、バッテリー同士の秘密のやりとりをあのハルナという人とやるんだ。
二人きりでミーティングとかするんだ。
ハルナという人の一番近くにいるのは自分なんだ。
色々考えてたら、俺の頭の中には理想のバッテリーができあがっていて、それは自分でも恥ずかしくなるような恋女房を描いてその日は眠りについた。
今ならもしかしたらあのハルナという人と甲子園に行く夢なんかも見れてしまうんじゃないかと期待したけど、そんなことはなくて、ただ俺は夢の中でずっとハルナさんハルナさんと叫んでいた。
次の日からさっそくハルナさんと組んでの練習が始まった。
昨日生意気を言っていきなりばしばしと体にハルナさんの球を受けたことを思い出した。
嬉しさですっかり忘れていたけど、何度かハルナさんの球を受けていたらまず忘れることはなくなった。

自分の構えたミットに全く球が入らない。
かわりに俺の体に当たってそれはもう見事な痣を増やしていった。
その痣を見るたびハルナさんを思いだし、また自分の無力さを思い知った。
でもそれはどこか心地よくて、痣は自分がハルナさんの球を受けているという事実だった。
やはりハルナさんとのバッテリーは俺のなかですごく価値のあるものだった。
痛みも、恐怖も、悔しさも、全て次へと繋がっていった。


それからしばらくたって、初めてハルナさんの球を捕ることができた。
それはもううれしくて、うれしくて、でもハルナさんは何でもないことのように早くボールを返せと言ってきたので、そこでは何も言わず、心の中で俺は自分へのお祝いとしてこれからは元希さんと呼ぼうと決めた。
練習が終わって初めてハルナさんを元希さんに変えて呼んでみた。
そしたら元希さんはちょっとびっくりして、そのあと俺の尻を思いっきり蹴った。
その日から元希さんと俺は一緒に帰るようになった。

初めて一緒に帰った日、元希さんは俺に将来の夢について話してくれた。
元希さんはプロの野球選手になるらしい。(いわずもがなそれは断定だった。)
小学生が一度は口にしそうな、遠すぎて逆に言うことだけならどんな夢より簡単な、その夢を、元希さんはまるでもう決まっていることのように話すのだ。
でもそれは自信というよりは、むしろ自分に言い聞かせているように聞こえた。
どちらにしろ、元希さんなら本当に叶えてしまいそうだと思った。
同時に、元希さんが少し、ほんの少しだけ霞んで見えた瞬間だった。
元希さんはじっと前だけを見て、俺の方はちっとも見なかった。



それから元希さんとのバッテリーで、初めて試合があった。
誰も元希さんの球を打つことができない。
元希さんも今日は調子が悪いらしく、コントロールがいつもにまして酷かった。
それもあって、試合は思いの外長引いた。
でもこの回で守りきれればなんとか勝てそうなところまできた。
あと少し、あと少し、
あと一球



そこで、
元希さんはマウンドを降りた。
理由は、調子が悪いときに無理をしてフォームを崩したくなかったからだと言った。


俺は驚いた。

元希さんは、どこへ行ったんだろう。




その後も俺と元希さんのバッテリーは続いた。
続けば続くほど問題が増えていった。
色々あったけど、そういうのを全部ひっくるめると、要するに、俺達はよいバッテリーにはなれなかったのだ。
元希さんはあの時と同じことを、ベスト8が決まる試合でもやった。
理由は、投球制限で決めていた80球を越えたからだと言った。
その時俺は、元希さんをつなぎ止めておける言葉を見つけられなかった。




もう元希さんは霞んで霞んで全然見えなかった。
たぶん、向こうも俺なんか見えちゃいない。

同じグラウンドにいて、同じチームで、同じボールで野球をしているはずなのに、元希さんは見えなかった。
確かにミットを構えると、そこにボールは入ってくる。
でも誰が投げているかが
全然わからないんだ。







大丈夫、大丈夫、
俺は出来る。
まずは相手を信じること。
そこから始まるんだ。


何度も自分に言い聞かせた。
でも結果は自分が描いたあの理想とはほど遠い。
こうなりたかったわけじゃない。
でも距離を置いたのは自分でもある。
あの人と俺ははまったく違うベクトルで、決して交わることはないと思ってしまった。
一緒に野球をすることが辛くなった。
どうすればいいかわからなかった。
そのとき俺は、あの人と一緒に歩む道を知らなかった。

あんたが俺をよんでくれと、こっそり叫んではみたけれど、
叫ぶ方向すら見失ったことに気づいた時には
もう本当にあの人は俺の前からいなくなっていた。


そして俺は色々見失ったまま高校に入学した。
そこには、今までに味わったことのないものが沢山あった。
新しいバッテリーだって組んだ。
そいつは元希さんとは正反対で、初めは戸惑った。
でも色々無くした俺にまた新しいものをくれた。
これはこれで大変だけど、いい感じになってきた。
信頼関係も築けた。
実力もついてきた。


そんなとき、今になって、それは現れた。





「タカヤ!」




その声を聞いたとき、何か分からないけど、そうだ、かさぶたが剥がれたみたいにちくちくした。
目の前にいるこの人は、いつかに見えなくなってしまったはずだったのに、今はなんでかはっきり見える。
俺が変わったのか
元希さんが変わったのか

どっちにしても、今そこに元希さんはいる。
確かに俺に話しかけている。
今更何をしにきたんだと
俺には今の俺があるんだと
言ってやることはできた。
言うべきだった。

でも俺は、
もう一度この人を信じてしまった。





大丈夫、大丈夫、
俺は出来る。
まずは相手を信じること。
そこから始まるんだ。






もしまた始まってしまったら
三橋は、
みんなは、
俺を信じてくれるだろうか。





END


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