ss そういう訳で ※作者の妄想上の人物と榛名 ------------------------------------- そいつは俺と同じ学年で、同じクラスで、席も近くて、野球部に入った時も隣で一緒に挨拶をした。 そんで、俺と同じピッチャーだった。 かわいそうな奴だと思った。 俺とレギュラー争いをしなきゃならないなんて、こいつの中学野球は残念だが終わったなと思った。 エースになるのは俺だから、こいつはエースになれない。 俺は怪我しねーからこいつはマウンドにあがることはない。 ああかわいそうな奴。 初めはそう思った。 そんなこいつはよく俺に話しかけてきた。 どうしたらそんな球が投げられるのかと聞いてきた。 ばかだなぁこいつは、努力してるからに決まってるだろう。はじめっから上手い奴なんていねーんだよ。 俺はプロになる。その夢のために頑張ってんだよ。ほんと、他のやつらのタラタラした練習を見てるとイライラした。 なんで隣で頑張ってる奴がいんのに、それを見てんのに、同じように頑張ろうって思わないんだと腹が立った。 でもその代わりにそいつらは俺にすごいと言う。自分には絶対にできないと言う。 やってないんだからできないのは当たり前だと言おうかと思ったけど、そうやって誉められるのは悪い気分じゃなかった。 どうせ言ったって無理だとかなんとか言われることは、そいつらのあの媚びるような目で十分に分かったから、俺はなにも言わなかった。 俺が頑張って、俺が上手くなればいい。 他のやつらは好きにやってればいい。 そう思っていた。 でもあいつだけはどうやら違ったらしい。 どんな練習をしてるのか、なにか目標はあるのか。そいつはなんでもかんでも聞いてきた。 そんなもん聞いてどうする。やり方なんて人それぞれだし目標は人に言うもんじゃない。 そう思ったけど、こうやって俺に興味を持って、尊敬だけじゃなくて、それを次に繋げようとするそいつに話すなら悪くないと思った。 競える相手がいるのはいいことだ。 そいつを完璧に負かす、おまえよりも俺は上だと相手に思わせる、それはなかなかいいものだと思う。 理由はなんにせよ、やっぱり野球は一人でするもんじゃないし、ああは言ったけど俺はあいつのことが結構好きだったから、一緒に頑張ることにした。 そいつは結構頑張りやで、最初は俺が自分で調べて考えたメニューを真似して一緒にやっていた。 でもだんだんなれてくるとそいつもいいトレーニング方法とかを考えたり調べたりして俺に教えた。 それは確かによい方法だったから俺も素直にやった。 実力はどんどん伸びていって、俺には少し劣るかなと思うけど他にいるピッチャー志望の奴らよりは断然上手くて、部活の中でも俺達二人はとびぬけてたと思う。 あいつは頑張ったし、かなり上手くなった。 あいつは他の奴らとは違う。 それは認める。 でもエースになったのは俺だった。 内心は、まぁ当然そうだろうなぁって感じだったけどそれを顔に出したらなんだかサイテーな奴だと思ったから、俺はそいつを慰めた。 おまえ頑張ってたよ。 まだチャンスはあるって。 俺だっていつ降ろされるかわかんねんだからさ。 いやこれはさすがに思ってなかったけど。 とにかくいっぱい言葉をかけて、そいつがまた頑張れるように慰めた。 そうしないと駄目だと思った。 それからそいつはまた頑張っていた。慰めてはいたけど、正直エースを譲る気はなかったので、やっぱり少し気の毒に思えた。 でも部活は活躍することが全てじゃないって監督が言ってた。 何かに打ち込んで頑張った経験は絶対にあとから自分のためになるんだと言っていた。 確かにそうだと思う。 俺は今野球を頑張ることで得られるものが将来プロになるという夢に直接繋がってるから、あんまりそういう抽象的なことは意識したことはなかったけど、確かに、そうだと思う。 だからあいつが今エースになれなくても、活躍できなくても、それでも野球を頑張っている姿を見て笑うのは失礼だと反省して心の中で謝った。 見えないもののために見えるものが目標の俺と同じ努力をし続けているこいつは、実は俺より偉いし凄いんじゃないかとたまに思った。 でもそれを認めたら俺が今まで大切だと思ってきた自分の野球に対するプライドを自分でぶっ壊すような気がしたから、これもまた顔には出さず相手にも伝えず心の中でだけそいつに、おまえは凄い、って言った。 そいつもそいつで、エースになった俺に妬みとか嫉妬とかそういうの全然見せずに普通に接してきた。 俺だったらぜってー負けた相手と一緒に練習なんかできないからこいつは対して悔しいとか思ってないのかと腹が立った。 でもそーゆー俺基準の考え方をなんでもかんでも押しつけるのはやっぱ駄目だと思ったからやっぱり何も言わずに俺も普通にそいつに接した。 何度も言うようだが俺はそいつのことが嫌いじゃない。 そんな感じでそいつとはその後も割と仲良くした。部活以外でも一緒にいた。 そいつと一緒にいるとなんか落ち着いたし楽しかった。 友達とか、そういうのも悪くないなと思った。 なんとなく、そんな具体的に言えるほどじゃない、ただちょっと疲れがたまったのか、おかしな寝方をしたのか、そんな程度だった。 だから気にしなかった。ほんの少し、踏ん張ると痛いだけ。 大したことはない。 俺は怪我なんかしない。 そういううすっぺらい自信って誰でも持ってると思う。もちろん俺も当たり前のようにそうだった。 でもだんだん痛みはひどくなっていく。 いやまさかそんなわけないだろう、だって、ありえない、そういうのはほんの少しの一部の不幸な人がなるもんで、なんで、なんで俺なんだ。 半月盤?なんだ、それ。 野球できねぇの? ピッチャーは無理だって、意味わからない。 だって俺はエースだし、プロになんだから、こんなところで止められるわけがない。 俺は、怪我なんかしない。 うすっぺらい自信はやっぱりうすっぺらくて簡単に破れた。でもその自信が今まで俺をつくってきたわけだから、当然それを失った俺は俺ではいられなくなるわけでそうすると今までの俺を必要としていた人には今の俺は必要なくなったみたいで、じゃあ俺はなんでそこにいるのかが分からなくなるだろう。 でもそんなことは問題じゃない。 野球が出来ないことが一番困る。 困るから、こう考えた。 俺は人より頑張ってたから怪我をしたんだ。 そうだ、プロのスポーツ選手に怪我は付き物だと言うじゃないか。それはその人達が他人以上のことをやってるからだ。だとすればこれは俺の通る道だったんだ。 ああそうか。じゃあ大丈夫だ。これを乗り越えればまた一歩進めるじゃないか。 俺なら出来る。 大丈夫だ。 怪我こそしたけど色々考えたらやっぱり夢はあきらめられないし、リハビリを頑張るしかない。 そう思って監督に怪我のこととリハビリの為の休部を言いに行った。 監督は分かったとだけ言った。 しばらくは部活を休ませてもらってリハビリに集中した。 そのおかげでだんだんよくなってきたから久しぶりに部活に行ってみた。そういえば、あいつが野球をしているのを見るのも久しぶりだ。 クラスでは俺が部活に行ってなくても前と変わらず普通に接してきた。 怪我のことには触れてこなかった。 あいつなりに気を使ったのかもしれない。 マウンドにいたのはあいつだった。 そりゃあそうだ。あいつは俺と同じように頑張ってきたんだ。 野球続けてよかったなって、心の中で思った。 少しの間でも日の目を見ることができたんだ。これであいつの野球も少し報われたなと思った。 でも そこは俺の場所だから。 当然、怪我が治ったらエースは俺だろう。 だって俺はおまえよりも一歩先に進んだんだ。 エースは俺。決まってることだから。 俺はいつ監督に交代と言われるか、じっくり待った。 焦らず待った。 怪我は治った。 部活にも完全に戻った。 でもマウンドにいるのはあいつのままだった。 そこで気づいた。 監督は今までの俺が必要な人間だったんだ。今の俺は必要ないんだ。 必要ない?じゃあ俺の代わりがいるってことか、誰だ。 あいつか 今のエースはあいつなんだ。 絶対に負けないとおもっていた奴に負けたのか。そりゃああいつは上手かった。でも俺の次。今の俺の次が今までの俺だからあいつはその次。 そうだろ、だったらおかしい。 あいつを見た。 ねたみとか嫉妬とかそういうんじゃなくて、意味が分からなくて見た。 そしたらあいつは俺を見て、笑った。 なんだ、それ。 なんで勝ったみたいな顔してんだ。 俺は負けてない。 それからあいつは俺を避けるようになった。 避けるというよりはまるで見えていないようだった。もっといえば、そうだ、眼中に無いって感じだ。 あいつにとって俺ってなんだったのかを考えたらなんか頭の中が真っ黒になって、なんだこれ、なんだ、なんだよ、なんだよオマエ、今まですげー仲よかったじゃん。俺そういうのあんまし興味ねーけど、一緒に目標決めたりして頑張ってたじゃん。 何だったんだよアレは、なに、上っ面だけの関係だったわけか。なんだそれ、意味わかんね。別に友情がどうとか言うつもりねーし、どうでもいいんだそんなことは。 俺は傷ついてるわけじゃない。 そんなんじゃない。 俺は、野球が出来なくなることが一番困る。 俺は野球がしたい。 居場所がない。 end [PREV] [戻る] |