ブラザーに愛をこめて
05
「怜治君!」
一度出ようとした喫茶店に再び足を踏み入れようとしたところで、ふいに後ろから兄貴の名が呼ばれ俺たちは足を止めて振り返った。
「よっ!」
「あっ、暁名さん!」
「‥……、」
あきな‥さん?
振り返れば、黒髪にウルフカットを施し耳には兄貴同様に大量のピアスを嵌めた男がいた。
どうやら兄貴の知り合いらしい。
背は兄貴より少し大きいくらい。わりとイケメンさんだ。
「学校の帰り?」
「はい!」
「あぁそうだ!こないださ――」
「‥……、」
二人は急に話し込んでしまったため、俺は若干置いてけぼりを喰らってしまった。
通り過ぎていく周りの人に聞かれるわけでもないのに、アキナという男は兄貴に耳打ちをしながら楽しそうに話していた。兄貴もそんなアキナさんに同調して一緒になって笑っていた。
すると、ふいにアキナと目があってしまった。ぎくりとした俺は、自分の知り合いではないけど、兄貴の知ってる人でもあるので取りあえず会釈だけをしといた。
しかしその男は目を丸くし、苦笑いを浮かべ言った。
「久し振り。翔太くんだよね?」
「‥……、へ?」
え!?俺を‥知ってる?
な、なんで初対面なのに……。
ていうか誰だっけ?
「あれれ、やっぱ忘れてる?」
「…え?い、いえ…その、」
はい。忘れてます。
なんて言えるかよ!何か返事しなくちゃ!えーとえーと……
「ぷっ…良いよ、無理しなくて。そうだよね。だって会ったのは夏休み前だったし、それにあの時が初対面だったから覚えなくて無理もないか」
「‥………、」
バレてた。
途端、必死すぎる自分が急に恥ずかしくなり俺は顔を赤らめた。
「翔太くん可愛いね。ねぇ怜治君さー、弟一人ちょうだいよ」
「一人しかいませんよ」
「じゃあ一人で良いから」
「ダメです!」
「ケチィ〜」
そう言うとアキナは、兄貴の首に自分の腕を絡めはじめた。
そして、そのまま俺に視線を向け続けて言った。
「俺の名前は東條暁名。夏休み前に俺の仕事先に兄ちゃんと一緒にこのお揃いの指輪を買ってくれたでしょ?」
「――っ!」
俺は、目を見開いた。
アキナの手が兄貴の首筋を優しく撫でていたからだ。
その人の正体を知った驚きよりも、アキナがそう言いながら自分の手を、兄貴の身体のラインに沿って首に付いた光るネックレスに滑らせている姿に目が離せなかった。
「あ、暁名さん…くすぐったい」
「‥…っ、」
擽ったそうに顔を歪める兄貴の表情が、ひどく卑猥に見えた。
「怜治君やっぱ似合ってるね」
「そうですか?」
「怜治君はいい身体してるから何でも似合うよな〜」
‥………。
いつも‥そうなんだろうか。
いつもあんなに密着してるんだろうか。男同士なのに。
途端俺は眉間に皺を作った。
「…翔太くん?」
「‥…えっ、あっ…!そっか。あの時の人だったんですね。あの時はかっこいい指輪をありがとうございました!」
「まぁ、怜治君がここで働いてるってことで多少割り引きしといてあげたんだー」
「…――え?」
「ちょっ、暁名さん!」
「あ〜悪い悪い。割引したこと内緒だったんだっけ」
「ったく…この人は!」
そ、そっか…。
全然知らなかった。
兄貴、あそこで働いてたんだ。
あそこなら学校の通り道だから何度も通ってるし…。
ていうか俺、何も知らないや。
兄貴のこと何も知らないや。
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