ブラザーに愛をこめて
17
「んー……」
夏期講習が終わったとは言え、何も、夏休みは楽しいことばかりじゃない。なんたって宿題という名の地獄が待っているから。
ま、そんなに難しい問題ではないから苦ではないだけどな。
やる事は山のようにあるというのに、俺は退屈そうに両手を頭の後ろに組みながら、椅子の背もたれに体を軽く預けると、机の上に出されたいくつも散らばる宿題から目を逸らし、別のことが頭をよぎった。
俺にはもう二つのため息がある。
兄貴と、龍のことだ――。
特に龍。アイツ、夏期講習が終わってから全然連絡が取れない。
気まずいからちょうど良いや、と軽くあしらっていたけど、そんな事言ってる場合じゃない。夏休みは兄貴にもお構いなしにしつこいほど電話を掛けてくるようなヤツなのに、今年は一度も掛かってこない。
気を遣ってるのか?
いやいやっ。気を遣ってる、って何の話しだよ。
カレンダーはもうすぐ八月になろうというのに、連絡も寄越さないなんてやっぱりおかしい。それとも、愛子さんと会ってるのか?
それだったらそれで良いけど…。
もし違うんだとしたら―――?
「……」
俺の耳に聞こえてくるのは呼び出されるままの電子音。
くそお、やっぱ出ない。
ずっとこんな調子なのだ。
いや、メールでは時間差で返ってくるけど、電話のかけ直しは基本的にない。だから返信メールが来たらすぐに着信をするんだけど、やっぱり出てはくれない。
龍、どうしたんだ?
そうだ!愛子さんは?
あの人だったら、何か知ってるかもしれ……
「っ、ダメだ!あの連中たちの手は借りたくない!」
俺はまだ長谷川さんたちを許したわけではない。これはそんな単純な話しではないのだ。
でも、俺は少なからず龍に対してもそういう気持ちがなかったとは言い切れない。
はぁ‥。一難去ってまた一難。
どうしていつもこう上手くいかないんだろう…。今まで上手くいっていたはずのことが出来ないというのはどうしよもなく歯痒い。
バカ龍がっ…、さっさと電話にでやがれ。じゃないと俺はへんな不安と誤解するじゃん!
俺は、一体何をどこで間違えたのかを振り返ってみた。
確か…自分のことが話せなくなった、と嘆いたのが夏期講習が終わった日で…――
『ごめん』
『え?何、翔太トイレか?』
『今日は…帰るよ』
『えっ!?何でさ?』
『いや、ちょっと用事思い出したからさ…」
『ちょっ、翔太っ!?』
――あれ?
俺は立ち上がり服を変えた。
自分の部屋の扉を乱暴に開けると足早に階段を駆け下りた。
「ちょっと出掛けてくる!」
少し思い出した。
最後の夏期講習の帰り道、龍が話しかけようとしていたのにまだ戸惑いの色を滲ませてた俺は、知らぬうちに龍を遠ざけていた。
俺は自分のことで精一杯で、龍がどんな風に見ていたのか考えもしなかったけど、もしかしたら龍は俺のそんな葛藤に気付いてたのかもしれない。
――あぁ、俺はバカだ。
例えケンカの理由が龍にあったとしても“和解”という言葉を一度口にした以上、これは俺の責任でもあるんだ。
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