ブラザーに愛をこめて
13
なるべく音をたてないように靴を脱いだ。
この光景は、先ほど倉橋家でもやっていた行為。自分の家でやってちゃあ世話ねえな、はぁー。
情けなさを感じつつ浮上しかけた意識を戻して、止めていた足を再び動かしリビングまで来た。
「…‥」
冷房が付いていた。
普段エコを心掛けている母は、必ず誰も居ない時はエアコンのスイッチを切っておく習慣がある。
けど、そのエアコンが今は起動されたまま…――頭の中で、一つの事が浮かんだ……
「お帰り」
「――っ!」
つまり、兄貴が自分の部屋ではなく、このリビングにいる、という事を表していた。
兄貴はタンクトップとハーフパンツという、ラフな格好をしていて、自分の貧相な体に比べて、兄貴の引き締まった浅黒い身体を腹立たしげに見ると、首にはジャラジャラと相変わらずアクセサリーをちらつかせ、それがまた、ヤツの色気を醸し出す。
「遅かったな」
「ま、まぁ…」
「お袋、買い物行ったよ。今日はカレーだってさ」
「あぁ…今そこで会った。いきなり今日の夕飯のリクエストを訊かれたからカレーって言った」
「ははは、俺もカレーつった」
「…‥それも母さんが言ってた」
「へぇ〜」
兄貴はそう言ってクルリと後ろを振り返り、背もたれに頬杖を付きながら目を細めて笑った。
視線がカチ合うと、俺は気まずくなり固唾を呑みこみ俯いた。
それでも尚兄貴は、自分を食い入るように見つめてくる。
「じゃあ俺たち一緒だな」
「…‥え?」
「考えてることも翔太と一緒だ、って思ったら、何かすげえ嬉しくなっちゃった!」
「そ、そんな大袈裟な……」
「大袈裟じゃないよ」
兄貴はソファーから立ち上がり、その足はゆっくり俺の方へと向かってきた。
ゆっくり、ゆっくり――。
兄貴は俺から一度も目を逸らすこともなく、ゆっくりと優雅に音をたててやってくる。
そして、兄貴が自分に近付いて来ることにまだ抵抗はあったけど、そんなことを考える間もなく、その距離はあっという間に縮まってしまった。
そして、
「――あ」
「翔太」
俺を抱き寄せた。
「っ、おい何やっ…、」
「少しだけだ。お袋が居ない時しか抱き締めたりできないから…」
「だ、だからってや、やめっ」
「止めない。翔太が好きだから」
頭をクシャリと一撫ですると、頬、目蓋、唇――をなまめかしい手付きで撫でてくる。ビクッとする度に、兄貴が俺の耳元で「怖がらないで」と優しい口調で囁く。
そして、兄貴の右手が、俺の右手を握りしめてきた。すると、今度は俺の手を兄貴は自分の胸元に運んだのだ。
ドクン…ドクン…
「ねぇ聞こえる?俺の心臓…」
「っ、…」
「お前と一緒にいるから、ほらっ、胸がドキドキしてるんだ。体中が熱くて苦しいよ…」
「…‥」
「翔太。お前の体は柔らかくて気持ちいいな…?」
「…っ!」
兄貴の恥ずかしい台詞に俺は耳を塞ぎたいのに、手を握られてるせいで、それも叶わない。
そしていつの間にか、兄貴の緊張が伝わってしまったのか、俺の心臓もなぜか壊れそうなくらい激しいものになっていた。
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