ブラザーに愛をこめて
20.終
「来い!」
「や、やめろっ!」
俺の片腕を掴んで自分の部屋に連れてこうとする兄貴に、俺は必死で抵抗した。
「てめぇ犯すぞ!」
「!!」
犯す――イライラしてたとは言え、今の兄貴のその言葉は妙にリアルティがあって、俺を弱気にさせるには充分だった。
そして歪んだ俺の顔を見た兄貴は、自分の言ったことを思い出し、慌てて弁解の言葉を口にした。
「…悪い翔太!今のは言い過ぎた。だから怖い顔すんなよ」
「……っ、」
「おい…翔太?」
「…っ!さ、触んな!」
兄貴に掴まれてた腕を俺は思いっきり振り払った。そして俺と兄貴の間に緊迫感が流れた途端、兄貴は眉を潜めて俺を見た。
だけど俺は、兄貴と目を合わせる事も出来ずに逸らした。
「あれれぇ?怜ちゃんと翔ちゃんじゃないの?」
「「──っ!」」
錯乱した中で俺の耳に聞き覚えのある声がした。振り返るとタイヤの付いたスーツケースを片手に首を傾げた母さんが立っていた。それにいち早く反応したのは兄貴だった。
「お袋、どうして‥」
「ただいま!お父さんが忙しそうだったから今回は思ったよりも早く帰って来ちゃったの」
母さんのお陰で、緊迫したこの黒い闇から光を見つけた気分だ。
俺は子供みたいに、思わず兄貴の視界から消すようにこっそりと母さんの陰に身を隠した。
「ところで、2人とも家の前で何やってたの?ケンカしてるように見えたけど、兄弟なんだから仲良くしなさい」
「…っ」
悪気のない笑顔でそう言ってきた母さんを見て、俺は自分の今の立場を思い出して羞恥に顔を赤くした。
「翔ちゃんどうしたの?」
「……っ、」
「え…ちょ、翔ちゃーん?!」
「おい翔太っ!」
そして、母さんと兄貴もお構いなしに俺は家に飛び込んだ。脱ぎ捨てた靴はバラバラのまま階段をバタバタと上り、部屋へと逃げ出したのだ。
自分の後ろでは、話しは済んでないと主張する兄貴と突然逃げるように部屋に入った俺に驚く母さん達が、お互い違う意味で俺を呼び続けた。
バタン──
部屋に入ると壊れた機械のように足の力がなくなり、自分の今日一日の事を振り返ると涙がボロボロと止めどなく出てきた。
「…ひっく、うぐ」
俺に恋愛感情を持つ兄貴も、何にも知らずに1ヶ月も家を空けた母さんも、大嫌いだ!
龍も長谷川さんも千里さんも愛子さんも奈緒も武藤先輩も、兄貴の事しか考えてくれないみんななんか大嫌いだっ!
散々俺を鈍感だって言ったみんななんか‥大嫌いだ!
俺は兄貴を避けることにした。
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