三
ガイはぐったりとソファーにもたれかかったまま荒い息を整えた。ふと口の端についた水分の存在に気づき、舌で舐めた。途端に鉄の味が口いっぱいに広がった。最中に散々舐めていた筈だったが、ガイはその血に今はじめて気が付いた
見るとヴァンの肩口から血が滲んでいた
「ヴァン、悪い、俺!」
「気にするな、大した事はない。自業自得だ」
「自業……まあ確かにな」
「おいおい」
ガイは苦笑するヴァンの肩口の傷に謝罪のキスをした。ティッシュで血のりを拭った。ハンカチを側の卓上ポットの熱湯で消毒し、棚に並べてあるアルコールを浸した
「しみるぜ」
ヴァンは傷を手当てするガイの頭に手を添えて髪に顔を埋めた
「男の髪の臭いなんか嗅ぐなよな」
軽口をたたくガイを無視して頭にキスを落とした
「首尾はどうだ」
「……」
「ほだされたか」
「まさか……」
ガイは手当てを終わらせると、ソファーの背もたれに放置された服を羽織り始めた
つぶされた親の会社を再興するつもりで二人で誓いをたててからどれくらいの時間がたっただろう。上手くもぐりこんだつもりのだったが、いつの間にかほだされていた自分がいる
スラックスをはきながら、体内に残る精液に責められるような感覚に陥った
「ちゃんと処理をしろ。腹痛を起こさせたくない」
「ああ。ルークがもう着く頃だよな。悪いけど時間をかせいでくれ」
ガイの予想が当たり、ドアがノックされる音にガイは急いで上着を羽織るとソファーに腰掛けた
「失礼いたします」
受付に案内されルークはヴァンの居る部屋の扉を開けた。ソファーに腰掛ける二人が同時ににルークに振り返った
「遅くなりました。先日の融資の件ですが」
「それならもう決まったよ。快く引き受けてくださるそうだ」
ルークの言葉を遮ってガイが答えた
「ガイ。お前なー」
ガイは先程落ちて壊れた携帯を見せた
「心配かけたな」
「別に心配なんかしてねーよ」
軽口とは裏腹に安堵した表情で笑った
「ご足労いただいたのに申し訳なかったな」
「あ、いえ、ご融資の件ありがとうございました。ご期待にそえるよういい結果をだしたいと思います」
「心配するな。父上には世話になったからな。恩返しのつもりだ。戻ってくることは期待などしていない。何か飲むといい」
ルークはインターホンに手を掛けるヴァンをとめた
「いえ、他にも仕事がありますのでこれで失礼します。ガイがお世話になりました」
「私は何もしていない。帰って世話をかけたぐらいだ」
ヴァンはガイを横目でみた。憮然とした表情でヴァンを睨み返した
「ガイ、どうしたんだよ。顔赤くね?」
「そうか?」
「もう帰ろうぜ。これからの戦略練らないとな」
「え?ちょ、ちょっと待ってくれ、もう少し話が……」
「何言ってんだ?もう話は終っただろ。帰るぞ」
「ル、ルーク。俺、ちょっと用事があるんだ」
ガイは助けてくれといわんばかりにヴァンにアイコンタクトを送った
「はあ〜?お前の用事なら仕事終ってからやれよ」
それを見咎めたルークはふてくされた声をだした。なんで取引会社のいう事きいてんだ?お前、と、まさに威嚇せんばかりの物言いだった
「他社に口出しするのはおせっかいかもしれませんが、勤務時間内なら社長の言うことは聞かれるのが筋でしょうな」
ガイにだけ分かるくらいに口の端を僅かにあげた。ガイが睨む。その上気した顔が可愛くてヴァンの口が更にもう少し鋭角をました
「有能な片腕がいて羨ましいな」
「俺、まだ何も誇れるような事はないですけど、一つだけ自信持っていえることがあります。ガイは俺の自慢の部下です。それだけが誇りです」
ルークは照れながら答えた。ガイはルークをじっくり三秒は見つめた
「お前…いや社長。熱があるんじゃないですか」
くすくすと笑っていたヴァンは声をだして笑い始めた
「結構ですな。では次は三人で食事でも」
「ありがとうございます。それでは失礼いたします」
踵を返すルークについてゆくガイの腕をとり、ヴァンが話しかけようとした
「まだ何かお話がありますか。それなら俺にも話してほしいのですが」
ルークが急に振り向いた事に二人は驚いた
「……」
「ルーク」
「今日の礼を言っただけだ。引き止めて悪かったな」
「では失礼致します」
二人の足音が遠ざかるとヴァンは独り言をもらした
「勘がいいな……侮れん」
ヴァンはガイの噛んだ肩口に手を添えた。まだずきずきと痛みが走る。その傷を愛しそうに撫でた
「いつか二人で……」
end
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