回帰
「ガイラルディア」
夕暮れのバチカルの街角で声をかけられた
「ヴァン謡将…」
本名で呼ばれるのはまずい。その名を知っているのは、この目の前の男と自分を囲っている公爵だけだ
この時間になれば、公爵ゆかりの者も多く街中を彷徨っているはずである
こちらをみつめる顔は無表情だが、これがヴァンがもの凄く怒っているのだという事を知っていた
「ガイラルディ…」
もう一度呼ぼうとしたヴァンの腕を引き急いで駆け出した
ハアハア
人気のない夕刻の天空滑車まで来て口を開いた。よくこんな所まで、ヴァンが抵抗もせず付いてきてくれたのが不思議だった
怒った時のヴァンはかっこいいのだか、頑固で自分の言うことを聞いてくれた試しがなかったからだ
「このような所でその名を呼ぶのは、お止め下さい」
「お前の名だろう」
「この付近は公爵ゆかりの者が多いのです。公爵に俺達の繋がりがばれては困ります」
「良いではないか」
「ヴァン謡将…?」
「お前はこれ以上あの屋敷に留まるな」
「それはこの間、お話した筈です」
ヴァンは薄く笑いガイの手をつなぎ町並みを歩き出した
「ヴァン謡将!」
ガイが小さく抗議しても一向に離してくれない。そのまま天空滑車に乗り込み最上階へ、向かう先が自分の仕える屋敷だと理解した時、目の前を歩く男を疑った
「ちょ・・ヴァンデスデルカ様、まずいです!離して下さい!」
三度目の台詞をあっけなく無視し、暴れるガイを引きずって行く。薄く微笑するヴァンとは対象にガイの顔は蒼白になった
ギイィィ
正面玄関の重厚な扉を開けると、そこにはガイの予想した景色とは違う光景が広がっていた
主を迎える為のメイド達も見回りの白光騎士団も屋敷にいる全ての人々はその場に倒れこみ、深い眠りに落ちていた
「心配ない。この屋敷の者は全て眠らせた」
驚くガイを尻目に、ヴァンはエントランスの中央の柱の前に立った。玄関を入るとすぐに人目につくように貼りつけられている剣をその柱から解放した
「こちらへ来なさい」
ヴァンを見上げるガイに、微笑をうかべ、その剣をガイに差し出した
「本来の持ち主に帰りたがっている」
おそるおそる剣を受け取る
ガイが手にした途端、透き通る青い刀身がまるで喜んでいるかのようにぼんやりと光った
「お前の剣だ」
ガイの中を電流のように、忘れていた記憶が駆け巡った
(思い出した・・)
優しい両親。暖かな家。白亜の町並み。優しい風。姉上。そしてヴァンデスデルカ・・
ヴァンに聞かされた夢のような話が今確実に自分の物となった
ゆっくりと目を閉じると、満たされていた日々が空っぽだと思っていた自分の中にもある事を理解した
そして、同時にその全てを失ってしまった事も
「・・・っ・・」
肩を震わすガイの瞳を背後から大きな手が包み込むように塞いだ
「私はいたか・・?」
こくりと頷く
「ユリアの墓前で私に剣を捧げた事を覚えているか?」
「はい・・。俺は、貴方を護る、と・・」
「なら、もう一度ここで、誓ってくれないか・・?」
伺うような、懇願するような、普段からはありえないような音色の台詞に、ガイは泣きながら笑った
目を擦り、ヴァンの前に跪く
その剣を掲げて
「ガイラルディアはヴァンデスデルカ様にこの剣と命を捧げる事を誓います」
略式の礼をするガイを愛しそうに見つめ、その剣を受け取った
「預かる。ずっと側にいろ」
◆
「俺、行くぜ」
「だまれ、屑!闇雲にさがしてどうなるってんだよ!」
「うるせー!じゃこんな所でずっと軟禁されて、ガイとあえる保障はあるのかよ!」
屋敷の襲撃事件の後、ガイが忽然と姿を消した
強力なセブンスフォニマーの眠りの譜術が屋敷の者全てにかけられ、エントランスの剣が紛失した
屋敷の中ではガイがいなくなった事から、誘拐されたか、もしくは剣を盗んで逃げたか、という二つの説で割れていた
父上はその事に関して全く触れようとしない
警備隊にたのんでいるらしいが、今現在全く消息がつかめないでいる
俺たちはガイが盗んだとは、かけらも思っていない
あいつが興味あるのは音機関くらいで、長年勤めてきたおかげで、ガルドだってそこそこもっているはずだ
何か隠していることは多い気がするが、あいつに会えなくなる人生なんて、考えられるわけねえ!
ずっと軟禁されていたが、もう自分の意志で歩ける年になった
ガイを連れ戻しにいく
それはルークも同じだったらしく、屋敷から飛び出したがっていたあいつは俺より早くに、逃亡の準備をしていた
キムラスカからの追手はくるだろうが、そんなの関係ねえ!
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