真相
「アッシュ様、最近私を避けらておられませんか?」
午後のお茶をカップに優雅に注ぎながら、ニコリと微笑む
「・・いや、別に」
ガイは怒っている時、妙に丁寧な敬語を使う
『熱湯を適度に冷ましてからいれ、そのまま静かにお茶の葉をゆっくり開かせると良い香りとまろやかな味が出るんです』
以前そういって教えてくれた事があった
ガイの淹れてくれたお茶は絶品だ
こいつの淹れたお茶を飲むと、他の奴が淹れたお茶を飲む気がしない
それは父上や母上、ルークも同じで、この時間にガイを捕まえるのは、非常に難しい
母上に聞いたら、笑って愛情で淹れてくれているからよ。と教えてくれた
今日はたまたま俺が一人でその権利を独占している
丁度いいかもしれない
この間ヴァン先生・・いや謡将の言ったことを確かめるには都合がいい
ことり
眼前にさりげなくカップが置かれる
「今日はマルクト産ホド諸島付近で生産されるサラサティーです。この香りにはリラックス効果が含まれているそうです」
「ホド諸島付近・・」
「何かお悩みのようですので、選んでみましたが」
ーーガイは怒っていてもこういったさりげない優しさがある。だからつい勘違いしそうになるーー
(俺だけにしてくれるワケじゃあない)
「ありがとう。いただくよ」
一口くちに含んだ
ーー美味い
(怒っていてもこんなお茶を淹れてくれるんだな)
ヴァン謡将のいったことが夢だったように感じてしまいそうになる
『ガイはお前達に復讐する為にここにいるのだ。
彼はお前達の父親、ファブレ公爵が壊滅させたホド領主の騎士の家系の子供だったのだ』
ガイの淹れてくれるお茶の中でも、このホド産のお茶は特に美味しく淹れる。習ったわけでもないのにできたという
ヴァン謡将の言ったことにも信憑性が湧いてくるというものだ
「いかがでしょうか?」
「美味い・・」
いった台詞にガイの表情が明るくなった
俺はガイに余計な心配を掛けていたことが分かった
ガイに話すべきなのか
ガイに話してどうなる。それが真実だったとしても、俺にはどうすることもできはしない
ここ数日ぐるぐると出口のない迷路の中を駆け回っていた
それでガイはどうなる?ヴァンと一緒にここから出て行くのか?
ガイにはそれが幸せなのか?
ガイはずっと俺の側にいてくれるものだと何の疑いも無く信じていた
何故ガイがこの屋敷にいて、父上がガイを手放さず、ヴァン先生が俺達によくしてくれたのか
愛されていると思っていた
俺達はまさしく籠の中の鳥だ
あいつの苦しみも辛さも、何も分からなかった
オレハナニモワカッテイナイ
(それで主気取りだ。笑わせる・・)
なによりもつらかったのは、ガイにとって、ヴァン謡将は真実の主で、俺は、偽りの主だったという事だった
それでも、どうしても失いたくないんだ
暫しの葛藤の後、乾いた喉に叱咤して掠れた声を絞り出した
「ガイ・・」
「何でしょうか、アッシュ様」
ガイの眼がこちらに向く。”やっと正直に話す気になったのか”そういったように聞こえた
久しぶりに見た透き通った青い眼に心が落ち着く
「ヴァン先生に聞いた・・」
ピクリ、とガイの肩が揺れた
「何を・・ですか?」
「お前の昔の事だ」
眼前にいるガイの纏う雰囲気が変わった気がした。驚いて見つめると、いつもと変わらない人の良い笑みを浮かべている
これは本当の笑みじゃない
たのむから俺にそんな顔を向けないでくれ
「やっぱり本当なんだな」
胸の奥がざわざわする。嫌な事がおこる前兆だ
こんなときはいつもガイに側にいてもらっていたのだが、今その原因を作っているのが彼なのでどうしようもない
「ヴァン謡将にどんな話をしたかなど使用人の俺にとっては関係のない話です。・・なんの事かは分かりませんが、剣の修練以外にそんなに悩ませるような事をいう方ならば、お父上に言われて、代えていただいたほうが良いと思います」
アッシュの必死の問いかけを何事もなかったのかのようにさらリとかわし、立ち去ろうとっされ、アッシュは頭に血をのぼらせた
「っ・・ガイ!」
肩に手をかけ振り向かせる
振り返るガイの静止の声も聞かずに、やわらかい唇に触れた
触れるだけの軽いキス
アッシュは自分の心臓がバクバクと鳴る音をうるさいくらいに感じた
意外にも何も抵抗しないガイに驚いた
しっとりと吸い付くようなそれはアッシュに離れがたい念を湧きあがらせ、しばらく何もせずに押し付けた
(離れたくない)
放し際に舌でもう一度濡れた唇をちらりと舐めた
「・・アッシュ・・」
「ずっと傍にいてくれ」
自分の中の全てを出し切っていった言葉だった
「何やってんだ二人とも」
「ルーク」
(チ・・なんてタイミングのいいやつなんだ)
「別に、何でもねえよ」
アッシュは内心の動揺を隠しながら、平静を装っていった
「ふーん?」
明らかにいぶかしんだ眼で見ている
ルークとは双子なせいか、感情が高ぶると、同調するような感覚がある。僅かだがお互いの考えてることが分かるときがある
「・・ルーク坊ちゃん、お茶を淹れますよ」
「ああ、俺冷たいやつがいい。お前ら探して歩き回ったから、たりー」
どかっという派手な音をたててルークが椅子に座る
「なあ、ガイ。あの時のことなんだけどさ。父上と何してたんだ?」
「!」
「父上と?」
「ルークお前・・何か聞いたのか?」
ガイが真剣な眼をして尋ねた。いつものとぼけた表情じゃない
ルークが神妙な面持ちで俯いた
「ああ、結構声、でかかったから・・」
「ルーク・・ちょっとこっちへ来てくれ」
ガイがルークを連れて歩き出した
「ガイ、まだ話は終わってねえ・・それに父上との話は俺が聞いてはまずいのか」
「・・まずい・・つうか、・・アッシュになら言ってもいいだろ?」
「 お前・・まだ言わないほうがいい。お前はそのことについて何も考えてないのか」
「毎晩悩んでるよ。忘れられねーもん。お前の声」
「声?声なんてどうでもいいだろ」
二人の会話にはいりこめず、アッシュはイラついた
(だいたいガイのやつ昔からルークに甘すぎる!俺にはあまり構ってくれないくせに・・)
先ほどの必死の告白も忘れられているようで腹立たしい
「お前のこれからの生死がかかってるんだぞ!ちっとは真面目に考えろよ!」
ガイが真剣に怒り始めた。敬語を使うことも忘れているようだ
「生死?何の関係があんだよ。お前の喘ぎ声と」
「ルーーク!何をいってんだ!俺の・・なんだって?」
途端焦りだすガイ。アッシュのほうを気にしながら、ルークは話し始めた
「この間ガイを探しにいったとき聞こえたんだよ。それ以来耳について離れないつーかさ」
「何だと・・」
ルークの口を必死で塞ぐガイ
『ルーークーー!そ、それ以外は聞いてないんだな。よし・・今の話は他に誰か言ったのか?』
『苦しいって!放せよ。俺が悩んでたのを気づいてくれた、ヴァン先生には相談した』
『な、にーー!?お前、なんでそんなことをヴァン謡将に!』
『俺の相談相手はヴァン先生しかいないしな。それに先生は俺達の話をキチンと聞いてくれるんだ。当たり前だろ。お前のこと相談したら、いつもいいことだって褒めてくれるぜ』
『い、いつも相談してるのか!!?』
『ああ、それにヴァン先生お前の事聞きたがるんだ』
「いい加減にしろ!なにこそこそ話してんだ!俺に分かるように話せ!」
二人の密談に切れたアッシュが怒鳴った
「怒鳴るなよ。別にお前を無視してるわけじゃないぜ(後で教えるからよ)」
ルークはガイに分からないようこっそりアイコンタクトをとった
「な、ガイ」
「ああ、別に大した話じゃないんだ・・それからアッシュ。さっきはありがとな」
「いや・・じゃあ」
怒りに眉間の皺を寄せていたアッシュの顔が急に紅くなった
「お前の気持ちは嬉しいよ。でも・・俺は」
「いたいた、ガイー!、奥様がお呼びよ。お客様が来るから午後のお茶を淹れて欲しいって、あ、ルーク様にアッシュ様!失礼いたしました」
「わかった、ありがとう。アッシュ、ルークじゃあな」
せわしげに走ってきたメイドに連れられガイはいなくなった
「アッシュ。ガイと何かあったのか?」
「ああ・・色々とな」
「ほー。なら交換条件な。お前と俺の知ってる事」
「ち・・」
「俺達、双子だろ、隠し事は俺達の中ではなしにしようぜ」
「・・・わかったよ」
「あと、ガイともな」
「そう、してーよ」
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