Snatch成長後編BL(完結)
93、最終回、I miss you
◇◇◇
小森がやったのかどうなのか、それはわからなかったが、こういう世界にいたら危険はつきものだし、そんな事は微々たるものだ。
テツに会えた……。
これで俺はまた生きていける。
昼はゴロゴロしつつ猫達の世話をし、夜はシャギーソルジャーに出勤する。
淡々とした毎日が繰り返される中で、俺はテツと会う機会をうかがっていた。
刺青も引き続き鮫島さんに頼んでいるが、水野のコスプレショーはとりやめになった。
テツに助けられて1週間目の今日、竜治がふらりとやってきた。
ただ待っていてもキリがないし、この際……思い切って頼んでみる事にした。
「あの竜治さん、俺、田上組長の屋敷に行きたいんですが」
「んん、何故だ?」
「それはその〜、あの、マサアキっていると思うんですが……、マサアキを励ましたいと思って、差し入れなんか持って行きたいな〜と」
「差し入れって、親父の屋敷はムショかよ」
「あ、いえ……、そんなつもりじゃ」
「冗談だ、それよりも……お前を介抱したのは聞いたが、奴はお前を拉致った側だぞ、そこまでするこたぁねーだろ」
竜治が不審に思うのは当然だが、ここは是が非でも連れて行って貰いたい。
出来れば向こうにいる間、一緒にいてくれたら助かる。
「マサアキは浮島で頑張るって、わざわざ俺んとこに言いに来たんです、だから、たまには会いたいかな〜って」
「ふーん……、お前も変わってるよな〜、人がいいっていうか……、あいつな、三下の癖してよくやるんだよ、シマの内情にも詳しいしな、だからな、親父が気に入って、盃はもう交わした、じきに中堅に昇進するだろう」
シマの内情に詳しいのは当たり前だが、それで出世できるなら儲けもんだ。
「そうですか、あの、それで……どうでしょう」
図々しいのはわかっているが、竜治に連れて行って貰うと安全が確保される。
「おお、そりゃまあ〜、構わねーけどよ、親父は確か……出かけて留守だ、連れて行ってやるよ」
「ありがとうございます」
よかった。
これでテツに会える。
と言っても、体から抜け出してないか不安だが、もし抜け出していたら……きっとマンションに戻ってくるだろう。
時刻は昼過ぎ、13時15分。
着替えを済ませて竜治と共に田上組長宅を目指した。
途中で店に寄って貰い、テツの好きだったビーフジャーキーを大量に買った。
車に戻った後、竜治はかなり飛ばして屋敷を目指したので、一時間も経たないうちに屋敷に到着したが、いざ会うとなったらドキドキしてきた。
マフィアの豪邸並な屋敷は未だ健在だったが、玄関から中に入ると下っ端が出迎えた。
「ご苦労さまっす」
ジャージを着た若い衆を見た時に、一瞬テツかと思ったが、違っていた。
心中で『ふう〜』っとため息をついて廊下を歩き出した。
以前来た時とさほど変わらなかったが、広間の前にビーナス像みたいな彫像が飾ってあった。
「こんな像は……前はなかったですよね?」
「ああ、姐さんが骨董品屋で買ってきた」
姐さんはSMだけじゃなく、他にも趣味があるらしい。
「そうっすか……」
キッチンの前を通りかかった時に、誰かが出てきた。
「あっ、木下の兄貴、どうもご苦労さんです」
ジャージ姿で頭を下げた男はマサアキだったが、中身はテツだと思われる。
竜治の事をちゃんと兄貴と呼んでいる。
「おうマサアキ、ちょうど良かった、友也がな、おめぇに差し入れしてぇって言って、で、連れてきたんだ」
「友也が……」
テツは顔を上げて俺を見た。
「マサアキ、あの……これを……」
レジ袋に入った山盛りビーフジャーキーを差し出した。
「ん、なんだ? あっ、ビーフジャーキーじゃねーか」
テツは袋を受け取ると、中身をゴソゴソ探って言った。
「うん……、食べてくれ」
「そうか……、へへっ、わりぃな、ありがとよ」
照れ臭そうに笑ったが、その顔はやっぱりテツだ。
「あ、あの……竜治さん、連れてきて貰って図々しいとは思いますが……、マサアキと話がしたい、一緒にいちゃだめですか?」
傍にいたい……。
「ああ、そりゃわざわざ来たんだ、その位構わねーよ、じゃあ……どうするかな、あいた部屋にでも行くか」
「はい、そうして貰えたら……有難いです」
「よし、そしたらな、一階の空き部屋、一番端の部屋だ」
良かった。
個人的な話は出来ないが、これでゆっくり会う事ができる。
「わかりやした、じゃ、何か菓子でも出して、飲み物を持ってめぇりやす」
「ああ、頼むわ、友也、行こう」
竜治が肩を抱いて促してきた。
「はい……」
振り返ってマサアキ兼テツを見た。
テツはキッチンへ向かっているが、霧島の幹部だったのに、そんなのは嘘みたいに下っ端になりきっている。
そりゃ、マサアキなんだから当たり前だが……なんだか複雑で……どこか悲しくも思える。
だけど、俺よりもテツ自身ショックを受けてる筈だ。
なのに、もう気持ちを切り替えている。
メンタルの強さは、死んでも変わらないらしい。
部屋に入ったら、よくある応接間って感じだったが、洋風のデカい出窓がある。
竜治と並んでソファーに座ると、程なくしてテツがやってきた。
ちゃんとノックして遠慮がちに部屋に入り、俺達の前にケーキとジュースを置いて向かい側に座った。
「あの、兄貴はケーキは苦手かと思いましたが、他にいいもんがなかったんで、持ってきました」
弟分として竜治に気を使っているが、それも俺からしたら違和感たっぷりだ。
「ああ、かまわねー、たまにゃ食うわ、友也、お前も食え」
竜治は甘い物は苦手だが、食べるらしい。
「はい……、それじゃあ、いただきます」
フォークを持って、テツが用意してくれたケーキを食べ始めた。
「うーん……、やっぱあめぇ〜な」
竜治はひと口食べて顔をしかめたが、テツはバクバク食っている。
好き嫌いなく、なんでもよく食べるのがテツだ。
「おいマサアキ、おめぇ、テキーラなんか飲む癖に、よくそんなガツガツ食えるよな」
竜治は呆れたように言ったが、テツはここでもテキーラを飲んでるらしい。
「へい、俺はなんでも食います」
「ほお〜、ま、その方がいいか? 太らねーようにしねぇとな」
俺はケーキを食いながら、何気なくテツを見ていた。
マサアキは俺と同じ位の年だから、本物のテツと比べたら若い。
顎の線が細く、スッキリとした顔立ちをしている。
肌の色もテツよりは白い。
髪型は下っ端仕様になっていて、短く刈り上げてある。
見た目はテツとは全然違うが、つい目がいってしまうのは、何気ない仕草がテツそのものだからだ。
話をしながらケーキを食べてジュースを飲み、たわいもない話題で盛り上がっていたが、たまたまバイクの話になり、竜治とテツは話し込んでいた。
○○型がどうだとか、エンジンがああだとか、俺にはさっぱりわからない内容だ。
「そういや、友也はバイクは興味ねーのか?」
不意に聞かれて慌てた。
「はい、よくわかんないっす、かっこいいな〜とは思いますが、触れる機会がなくて」
バイクには縁がないし、興味もない。
「そうか、だったらよ、ちょっと乗せて貰ったらどうだ?」
すると、竜治が思わぬ事を言い出した。
「えっ……?」
乗せて貰うって事は、後ろに乗るという事だろうか……。
「いいんっすか?」
テツは目を輝かせて食いついた。
「ああ、今日は親父も若もセットで出かけてる、俺がいいといや、誰も文句は言えねー」
「姐さんは……大丈夫っすかね?」
テツは姐さんの事を気にしているが、そういえば全く姿が見えない。
「姐さんはな、今日はジムに行ってる筈だ」
SMに骨董品、筋トレ……姐さんは多趣味だ。
「そうっすか、ジムでしたか、それでわけぇのを数人連れてったんですね」
「そういうこった、な、そこら辺をぐるっと回ってきたらどうだ?」
「いいっすね〜、ありがてぇ」
「じゃ友也、この際だ、ケツに乗せて貰え、バイクを初体験できるぜ」
「あっ、はい……」
よく分からないが、後ろに乗ればいいんだろう。
3人で部屋を出て屋敷の外に出た。
屋敷内の駐輪場にバイクがとめてあるらしい。
あのヤンキーに襲われた夜、俺はテツがバイクにまたがって走り去るのを見送った。
テツがバイクに乗るのを初めて見たが、見た目はマサアキなので、バイクが物凄く馴染んでいた。
マサアキの愛車は大きなバイクだ。
それにテツが跨り、俺もまたがってケツに乗った。
フルフェイスのヘルメットもちゃんと着用した。
テツがエンジンをかけ、竜治に見送られていよいよスタートしたが、俺は咄嗟にテツの体に抱きついた。
正直……びびった。
車なら呑気に座っていられるが、バイクは囲いも何もなく、めちゃくちゃ速く走ってるような気がする。
体で風を切り、車の横をビュンビュン通り過ぎていくのは、爽快なようで……やっぱり怖い。
気持ちいいというよりも、しがみつくのが精一杯だ。
テツはぐるっと回って帰るつもりなんだろうが、ジャージ姿のままなのに様になっている。
俺はというと、きっちりボタンをとめておいてよかった。
スーツの上着だから、後ろんとこがヒラヒラ風になびき、超恥ずかしい。
きっと、傍目から見たらダサいだろう。
だけど、腕を離したら終わりだ。
今は恥よりも……安全を取る。
景色を見る余裕なんかなく、エンジン音を聞きながら、ひたすら背中に密着していた。
やがてテツはカーブを曲がり、港の方へ向かって行った。
これはひょっとして……寄り道するつもりなのか?
そう思ったら急に怖さが薄らぎ、なんだかワクワクしてきた。
すぐに海が見えてきたが、大きな船が何隻も止まっていた。
テツは船がいない場所にバイクをとめた。
「よっしゃ、着いたぜ、ちょい待て」
先にバイクを降りてヘルメットを脱いだ。
「っと……、んじゃ、降りる」
俺もバイクから降りたが、テツが手を貸してくれた。
「ほれ」
「ごめん……」
「ヘルメット、取れよ」
「うん……」
ヘルメットを脱ごうとしたが、留め具が上手く外れない。
「ったくよ〜、ほら」
もたついていたら外してくれた。
「ごめん……、へへっ」
「友也、来てくれたんだな」
「うん、竜治さんに頼んだ」
「そうか、木下の奴、俺が俺だとは……夢にも思ってねーようだ」
バレてないのはよかったが、ちょっと気になる。
「あのさ……、テツは霧島の幹部だったのに、よく下っ端で我慢できるな」
「我慢するしかねーだろ、この体を乗っ取ったお陰で、俺はこうして自由に動けるんだ、お前とも会えるしな」
「だけど、もし抜け出す事ができたら……幽霊になって一緒に暮らせるんじゃね?」
「ああ、それも捨て難いが、霊体でどこまで動けるのか、それがわからねー、あの爺さんみてぇに話ができるだけなら、いまいちじゃねーか? ああ、爺さんは小森に乗り移ったりしたが、長時間は無理みてぇだ、あれだけじゃな……、やっぱりよ、体がなけりゃつまらねー」
「そうだな……、俺もそこまではなんとも……、ただ、あんたが竜治さんに気を使ってるのを見て、なんとも言えねぇ気持ちになった」
「そりゃ、お前は俺の正体を知ってるからだ、知らなきゃ誰も不思議にゃ思わねー、三下なら経験済みだ、慣れてる、木下に対しては……今更恨みなんかねーよ」
「そっか……、テツが割り切ってるなら、俺は別に……、たださ、やれねーよな?」
「なんだ、アレか?」
「そうアレ、ははっ」
「だよな〜、こればっかりはなかなか厳しい、浮島だからよ、けど……肉体がありゃどうにでもなる、機会を待つんだ、幸いな事に俺は若返った、それに……お前のピンチを感じ取る事ができる、お前を狙ったのは小森に雇われた奴らだ、あの小森の息子は、陰湿で陰険な野郎だからな」
「やっぱりそうか……」
「なあ友也、チャンスがありゃ連絡する、それまで待ってくれるか? 俺だってお前を抱きてぇ」
「うん……、わかった、待つ」
チャンスはいつになるかわからないが、浮気せずに待つ事にする。
三上には悪いが、こんな状態になってしまった以上切実だ。
ここで約束を破るわけにはいかない。
「そうか、浮気するなよ、俺がいる限り……約束は約束だ」
「わかった」
「刺青が完成したら見せてくれ」
「ああ」
「あのよ〜、チューしてぇが、ここじゃちょいと無理だな」
「だな、向こうに家族連れがいるし」
「せめて……くっつくぐれぇはいいだろ」
「うん、へへっ……」
バイクを背に、肩を抱かれて寄り添った。
潮風が髪の毛を梳いて通り抜け、釣りをする家族連れが、何かを釣り上げてはしゃいでいる。
港内をボートが勢いよく走り去り、波の山がこっちに押し寄せてくる。
波はコンクリートの壁にぶち当たり、ちゃぷちゃぷ音を立てた。
何の変哲もないただの港だが、俺にとっては心安らぐ景色だ。
だから……言いたかった。
「テツ……、俺はずっとあんたについて行く、マサアキでも、幽霊でも構わねー、死ぬまで一緒だから、もう2度と……離れねー」
「そうか、俺はよ、ほんといや、運命を呪いてぇとこだが、お前がそう言ってくれりゃ……俺は救われる、この先どうなるかわからねーが、あてのねーゴールも悪くねー、こんな幽霊になっちまっても、おめぇは付き合ってくれるか?」
「うん、当たり前だ」
病める時も健やかなる時も……って台詞があるが、俺達は決して離れない。
「へっ、やっぱりよ〜、おめぇと出会えてよかったぜ、最高のパートナーだ」
「うん、俺も」
どんなに傷つこうが、どれだけ涙を流そうが、何があっても……俺はテツと共に歩んで行く。
「今度会うときゃ指輪を持ってきてくれ、つけたら不審に思われるからよ、持っとくわ」
「持ってる、カバンに入ってるし、カバンは屋敷に置いてきたから後で渡す」
「携帯してたのか」
「うん、あんたと一緒にいたいから、それで」
「こいつ〜、堪らねぇな〜おい、やっぱチューしてやる」
「えっ、いや、マズいって……」
「かまうか」
「あ"〜、ちょっ……」
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