Snatch成長後編BL(完結)
90、withstand
◇◇◇
俺はやっぱりテツのところへ行きたかったが、翔吾はなかなかケビンを外さなかった。
だから、できるだけ信用させるように、明るく振舞う事にした。
それと、日常を取り戻したかのように見せかける必要がある。
食事を作るのは辛かったが、『フリをする』為には仕方がない。
作る事にした。
テツは好き嫌いなくなんでも食べていたが、それでも、毎度特に好きな物を選んでメニューを考えていた。
そんな事を思い出すだけで、またズシッとくるが、もうじき昼がくる。
一応ケビンにも聞いてみる事にした。
「なあケビン、なんか作るからさ、なにか食いたい物はある?」
「ん、君が作るのか?」
「うん」
「それは嬉しいな、そうだな〜、ステーキ食いたいから、買いに行こっか」
「あ、うん、わかった」
食事を作らなくなって今日で2週間になるから、冷蔵庫にある物は多分腐っている。
どのみち買い物に行かなきゃならないし、一緒にスーパーへ行く事になった。
ちゃちゃっと出かける用意をして、部屋を出て駐車場に向かう。
すると、1台の車が入ってきた。
厳つい黒塗りの外車だが、よく見てみると竜治が運転していた。
竜治は俺達のわきへ来て車を止め、窓を開けて顔を覗かせた。
「おお、なんだ、出かけるのか?」
「はい、友也が昼を作ってくれるって言うので、買い出しに行くところです」
あれから来てないし、そろそろ来る頃だと思ってはいたが、ケビンが説明した。
「そうか、そいつはいいな、俺も邪魔していいか?」
竜治は乗り気で聞いてきたが、俺の様子を見にきたんだろう。
実は……前回竜治が来た後に、水野が何回かやってきて、鈴子や寺島、姉貴や父さん母さんまで来た。
みんな一様にショックを受けていたが、一様に俺の事を心配している。
「はい、俺は構いませんが、友也、君はどうだ?」
ケビンは俺に聞いてきた。
「あ、はい、どうぞ」
「そうか、へへっ、それじゃあよ、俺が買い出しの金を出してやるから、俺のも作ってくれ、で……、一緒に行っていいな?」
竜治は機嫌よさそうに笑い、気前のいい事を言ってくれる。
「はい」
「まだ車ぁ出してねんだ、俺の車に乗れ」
「兄貴、いいんですか?」
ケビンは遠慮がちに聞いたが、竜治は浮島の幹部だからだ。
「おお、あたりめぇだ、ほら、後ろに乗れ」
「はい、じゃ、失礼します」
促され、ケビンと共に後部座席に乗った。
「そういや昼だったな、けどよ、得したわ、へへっ、やっぱりよ、外食より手料理がいい、俺はカミさんいたからな、まぁー出来の悪い女房だったから、しまいにゃ作らなくなってたが、結婚したての頃は作ってた」
竜治はもう吹っ切れたのか、堂々と元奥さんの事を口にする。
「そうっすか……、俺はまだ独身なんで、外食が多いっす」
ケビンはママに煩く言われてるが、イギリスに帰って結婚……は100%有り得ないだろう。
「ああ、だろうな、ま、嫁がいた方がいいんだがな、こういう稼業は見栄や体裁を気にする、だからよ、皆大抵嫁を貰う、だがな……、正直俺はウンザリだ、嫁に取られたガキはな、一番上の子は結婚したと聞いた、俺にとっちゃ孫になるが、孫も生まれてる、なのによー、あいつはヒステリックにキィキィ喚いて……俺に会わせようとしねぇ、昔はスラッとした美人だったが、離婚するときゃブクブク太っちまって、まるで豚だ、豚が『あなたみたいな変態は子供に害になる、近寄らないで!』って、いまだに言ってる、けっ、胸糞わりぃ、何が変態だ、てめぇだって散々ホストに入れあげてた癖に、もう女は懲り懲りだ、いい女がいりゃ適当に遊ぶが、女房はいらねぇ」
吹っ切れたと思ったが、そうでもなさそうだ。
「そうっすか……、それを聞いたら俺も独身でいいかな〜って、そう思えてきます」
ケビンも竜治の事情を知ってるだけに、ガチで結婚から遠のきそうな気がする。
結婚に憧れを抱いているのは、唯一寺島くらいだ。
「ははっ、ま、自分の人生だ、好きに生きりゃいいんじゃねーか、俺はそうする」
竜治は開き直ってるらしい。
2人の話を聞いてるうちにスーパーに到着した。
3人で店に入ったが、まっ昼間のスーパーにいるような面子じゃない。
ゴッツイガタイで強面な竜治、マフィアばりのオーラを放つケビンは、イケメンな白人だし、俺だけはかろうじて目立たないだろう。
ただ、客は疎らだ。
とっとと要る物を買ってスーパーを後にした。
レジ袋を提げて竜治の車に乗り込み、マンションへとんぼがえりだ。
部屋に帰ってきたら、猫達が出迎える。
「へへっ、さっそく来たか」
竜治はしゃがみこんで猫達を撫でている。
「あの、2人共座ってて下さい」
俺はステーキを焼かなきゃいけないので、2人に声をかけてキッチンへ行った。
まずごはんをしかけ、肉の下拵えをして、付け合せを用意する。
それが済んだら肉を焼き、ミディアム位の焼き加減で皿に乗せた。
付け合せの野菜を盛り付けた直後に、丁度ごはんが炊けたので、湯を沸かしてインスタントの味噌汁を作った。
とりあえず……ステーキ定食の完成だ。
テーブルに持っていった。
「はい、どうぞ」
先に竜治の前に置き、次にケビンの前に置く。
俺は組員じゃないが、序列は守らなきゃ駄目だ。
一番最後に飲み物を運び……どっちに座ろうか迷ったが、それもやっぱり序列に従って、竜治の隣に座った。
「お〜、美味そうだな、お前、やっぱり料理上手だな、俺はよ、矢吹が羨ましかった」
竜治が褒めてくれたが、何気にテツの事を言う。
テツは……肉が好きだった。
「あの〜味噌汁は手抜きしました」
「ははっ、そんなもん、いいんだよ、じゃ食うか」
とにかく喜んでくれたようだし、3人で昼飯タイムだ。
「友也、人参のグラッセ、甘くて美味しいよ」
2人共がっついているが、ケビンは人参を褒めた。
「ああ、それ、オレンジジュースで煮たんだ、簡単で美味しいから、で、バターを絡めた」
「ふーん、ジュースで煮たのか、工夫してるんだな」
「たまたま何かで見て、で、やり始めた」
本当にたまたまで工夫って程の事じゃない。
「そうか、自炊できるっていいな、俺は面倒で、ついラーメンを食べに行ってしまう」
ケビンはラーメン命だ。
日本でアイドルを目指したのはいいが、親族も知り合いもおらず、肝心のアイドルデビューは枕営業ばかり……。
孤独に苛まれてイギリスへ帰国する事を考えたが、それを引き止めたのはラーメンと餃子だった。
「ラーメンばっかし食ってるわりにゃ、あんまし体型変わらねぇな」
竜治は体型が気になるらしい。
「はい、一応筋トレしてるんで」
筋トレはテツもキッチリやってた。
「マシーンか?」
「はい、そうっす」
「プロテインはとってるのか?」
「いえ、あんまり、ビルダーみたいな筋肉をつけても意味ないので」
「おお、わかってるじゃねーか、実践訓練はなにかやってるのか? 格闘技とか」
竜治も体を鍛えている。
武闘派は腕っ節が強くなきゃ意味がないからだが、銃を使われたら太刀打ちできないのが悲しい。
「あの……、はい、やってました、矢吹の兄貴が相手になってくれたので……」
「他にもいるだろ?」
「はい、いますが……火野の兄貴は剣術なので、木刀を持ってやる感じになります、肉弾戦で通用するのは……前は親父さんが相手になってくれたりしたんですが、年をとってやらなくなりました、格闘技好きなのは矢吹の兄貴がダントツだったんで、つい兄貴に頼りがちで……」
テツはそういう事をあまり話さなかったが、ケビンにも格闘技の技をおみまいしたようだ。
「そうか……あいつ……、本当に惜しい奴を亡くしたな」
「はい、俺は兄貴を尊敬してました」
「ああ、おもしれぇ奴だった、アダルトグッズを集めまくってよ、そんな事をやってるのに、男として……人間として、筋が通ってた、いい奴ほど早死にするってやつか?」
2人はテツの話をし始めたが、沈んだ雰囲気になってしまった。
食事は3人共食べ終えている。
「あの……、片付けますね」
俺はテツの事には触れないようにして、片付けをする事にした。
「おお、手伝ってやるよ」
すると竜治が言ってきて、ドキッとした。
「え、いや……、いいです」
テツと同じ事を言ったからだ。
「遠慮するな、俺はよ、バツイチだけに家事もやるぜ、ガキの面倒もみてたしな」
そういえば……竜治は以前も手伝ってくれた事がある。
今更狼狽える必要はなかった。
「兄貴、俺がやります」
ケビンが慌てたように言ってきた。
「あのな……、今はいいんだよ、わかるだろ?」
竜治は意味ありげな言い方をする。
「あ、ハハッ……、はい、すみません」
ケビンは理解したようだ。
「へっ、矢吹が世話焼きなのは知ってる、俺も負けちゃねぇぞ、前にも話しただろ? あのポンコツ嫁がガキをほったらかして遊び歩いてた時、ガキが泣きながら電話してきた、『パパ、ママがいない』ってな、だからよ、俺はすっ飛んで家に帰ったんだ、そん時は猫もいたからな、ガキのもりと猫の世話、俺がぜーんぶきっちりやった、こんな洗いもんなんかしれてる」
竜治は対抗するように言ったが、こんな見てくれをしていながら……実際に子煩悩だ。
俺の中にある漠然としたイメージだと、竜治は虎だ。
さしずめ、優しい虎って感じだろうか……。
何にせよ、空になった食器をせっせと運び、上着を脱いで腕を捲りあげ、ぶっとい腕を晒して食器を洗い始めた。
俺は洗い終わった食器を拭って食器棚に入れたが、竜治の優しさに改めて感じ入っていた。
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