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Snatch成長後編BL(完結)
88、broken heart
◇◇◇

「う……」

眩しくて目が覚めた。

目を開けると、金髪が朝日を浴びて輝いている。
ケビンは風呂も寝るのも一緒だが、奇跡的に手は出してこない。
俺に同情してるのか、テツに悪いと思ってるんだろう。

ほんと言うと……テツと一緒に寝ていたこのベッドに、テツ以外の人間を寝かせるのはタブーだが、ひとりっきりでこの広いベッドに寝たら……寂しくて死にそうになる。

だから、一緒に寝る事を許した。

そっと起き上がり、顔を洗いに行こうと思ってベッドから足をおろした。

「友也……」

すると、背後から腕を掴まれた。

「ごめん、目ぇ覚めた?」

起こして悪いと思いつつ、実はわかっていた。

「構わない、もう起きる、一緒に行くよ」

「ああ、うん……」

ケビンは片時も俺から目を離さない。

そりゃ……死のうと思えば簡単だ。
包丁で胸を突き刺すか、カミソリで頸動脈を切るか、或いはタオルで首吊りか……。
ケビンだってそれ位はわかるだろう。
だから、常時神経を尖らせている。

唯一ひとりになれるのはトイレだけだが、トイレに入る時もきっちり監視付きだ。

そのせいか、田中の爺さんはやって来ない。
爺さんはテツの事をよく思ってなかった。
暫くはそっとしておいて欲しいので、当分来なくていい。


テツがいない日が、今日で10日目となった。
これがこの先もずっと続く……って、そう思っただけで絶望的な気分になる。

考え事をしながらケビンと一緒に洗面所に行き、歯ブラシを持って歯を磨いていったが、不意にテツが話しかけてきた。

『友也、あぁ"? こらぁ〜、さっさと若の真似をやらねーか』

『テツ、早く歯を磨け、僕は不潔な子分は嫌いだ』

心の中で翔吾の真似をして返した。

『へい、すみません……、わかりやした』

テツはマジで謝って、そそくさと歯を磨きに行く。

口をゆすぎ終えた途端、泣きそうになってケビンから顔を逸らした。

「う……くっ……」

「友也……」

ケビンは寄り添って肩を抱いてきた。

「悪い……、つい……」

楽しかった日々を思い出してしまう。

「俺の前でカッコつける事はない、泣いたらいいよ、我慢したら余計に辛くなるからね」

ケビンは優しく言ってくれる。
俺は長い間、ケビンの悩みを聞いて励ましてきた。
なのに、今の俺は……まるで幼子のように宥められている。

「ごめん……、もう……大丈夫だ」

だけど、出かかった涙は止まった。
どんなに嘆き悲しんだところで、テツが帰ってくるわけじゃない。
そう思ったら、泣きたい気持ちが鉛のように固まる。
鉛はズッシリと心の中に溜まり、永久に溜まり続けるような気がした。

「そうか……、じゃ俺も口をゆすぐか、口の中が泡だらけだ」

ケビンは笑顔で言った。

「じゃあ、ソファーに行ってるから」

「ああ」

声をかけて歩き出したら、ケビンは慌てて口をゆすいでいる。
そんなに慌てなくても……たった僅かな時間で、キッチンへダッシュして包丁を突き刺す勇気はない。

「ふっ……」

苦笑いして猫達の世話をしに行った。
最近じゃ2匹はあまり悪さをしなくなり、好きな場所で寝ているが、『餌だ』と思って走り寄ってきた。

「ニャ〜ン」

「ああ、待って、今やるから」

テツが居なくなって、俺は1度も食事を作ってない。
頭の中が、スマホがブラックアウトしたような状態になり、目がやたら重く感じる。
常に涙が溜まっていて、ちょっとした事で涙が零れそうだ。
何もする気になれないが、動物の世話だけはやらなきゃ仕方がない。

餌をやり、トイレを掃除した。
もしケビンがテツなら、『俺がやってやるよ』って言ってくれるだろう。

「朝食は……外に食べに行こうか、コンビニ弁当は飽きる」

『やってやるよ』とは言わなかったが、食事に誘ってきた。

「うん、そうだな……」

たまには外食も悪くない。

着替えなきゃならないので、クローゼットに行って扉を開いた。
目の前に、ハンガーに掛けられたスーツがズラリと並んでいる。
朱色の開襟シャツは、俺が折りたたんで下に重ねて置いたものだ。

テツの匂いがする……。

「くっ……、テツ……」

泣いてばかりでみっともないが、あまりにも急で、心の整理がつかない。

すると、ピンポンが鳴って誰か来たようだ。

慌てて涙を拭い、自分の服を出してベッドに放り投げた。

玄関の方へ行きかけたら、声が聞こえてきた。

「ケビン……、テツが……、俺、ショックで、叔父さんに会えなかった、ごめん」

蒼介がきたらしい。
そういえば、今日は土曜日だった。
もう何曜日なのかも、わからなくなっている。

「ああ、うん……、いきなりだったからね、仕方がないよ」

蒼介に会ったら、涙腺が緩みかねない。
足を止めて会話を聞いた。

「叔父さん、大丈夫なわけねーよな、だからケビンが来てるんだろ?」

「ああ」

「テツが死ぬとか、マジで勘弁して欲しい、俺、一緒に風呂に入ったり、格闘技ごっこをしたり……、いっぱい可愛がって貰った、なのに……こんなのありか? ありじゃねーよな、死んだって認めたくなかった、だから葬式も行かなかったんだ、ごめん」

蒼介は謝ったが、蒼介らしい理由だ。
信じたくない気持ちは痛いほどわかる。

「そうか、ああ、そんな事は気にするな、今から朝飯食いに行くけど、よかったら一緒にどう?」

ケビンは食事に誘った。

「いいの?」

「ああ、勿論」

「じゃあ、うん……、行く、お袋に言ってくる」

「ああ」

蒼介は姉貴に言いに行ったようだ。
俺はゆっくりとケビンのところに歩いて行った。

「友也……、蒼介がやっと来たね」

「そうだな」

「兄貴は蒼介を我が子のように可愛がった、そりゃ奥さんは君の姉さんだが、弟分の子供をあんなに可愛がる兄貴分はいないよ、松本の兄貴の奥さん、姐さんだけど……葬式の時に号泣してたね、兄貴が松本の兄貴を説得して、姐さんは子供を産む決意をした、兄貴は生まれてくるのを楽しみにしていたね、仲間のガキは身内も同然だって、そんな事を言って……、最高に尊敬できる兄貴だった、だから姐さんはあんなに泣いてたんだ」

「そっか……、そういえば、松本さんとこの子供が産まれたら……、俺も協力するって、テツと一緒に話してた、俺ひとりじゃ頼りないな、テツには負ける」

「そんな事はない、君は兄貴と約束したんだろ? だったら協力しなきゃ」

「あの、お待たせしました」

話し込んでいると、蒼介が戻ってきてドアを開けた。

「蒼介……」

「叔父さん……」

蒼介は俺を見て固まった。

「ちょっとだけ久しぶりだな」

「う、うん……」

「あのな、まだ着替えてないから、上がって待ってろ」

ケビンは滞在するにあたり、着替えを持参してきているが、俺もケビンもまだジャージ姿のままだ。

「うん……」

促したら、蒼介は俯き気味に頷いて部屋に上がってきた。

「ソファーでもどこでも、好きな場所に座ってな」

蒼介の前でメソメソするわけにはいかない。
ベッドのところに行って着替え始めたら、ケビンもフックにかけたハンガーを取って、そばにやって来た。

2人して黙々と着替え、共にスーツ姿になって蒼介のところへ行った。
蒼介は床に座って猫達と遊んでいたが、顔を上げて俺達を見た。

「あ、やっぱ……決まってる」

俺よりもケビンの方を見て言った。

「ははっ、そうかい? ジャージじゃちょっとな、洒落たカフェには入れないからね、よし、じゃあ行こうか」

ケビンは満更でもなさそうに笑い、3人で部屋を出て下に降りた。

駐車場に歩いて行くと、主を失った車が寂しげに隅の方にとまっている。
親父さんに言われてテツが渋々乗っていた車だが、撃たれた後で、霧島組の誰かがここに持ってきてとめたんだろう。

「車は処分して貰わなきゃ……」

持ち主は忽然と姿を消してしまったんだ。
ここに置いておく意味はない。

「君が乗ったら?」

ケビンは簡単に言うが……。

「いや、俺は小さい車でいい、こんなデカいのは無理だ」

外車なんか乗りこなせない。

「そうか、じゃ仕方がないな……、若がなんとかするだろう」

物言わぬ車を後目に、ケビンの車に乗り込んだが、俺は蒼介と一緒に後部座席に座った。

「叔父さん、ごめんな、顔を出さずにいて」

マンションの敷地から道路へ出たところで、蒼介が謝ってきた。

「いいや、いい、俺だって……頭ん中がぐちゃぐちゃになって、どうにもならねぇし、会っても意味ねーよ」

病院や葬儀の時に蒼介に会ったりしたら、鼻水垂らして泣いてるのを見られていた。

「犯人、捕まったらしいな」

「ああ」

「なんかさ、叔父さんの知り合いだったとか?」

「そうだ」

「知り合いなのに、ひでぇ真似するんだな、最低だ、俺、ぶん殴ってやりてぇ」

「ちょっと前から争ってる話は聞いてた、テツは怪我をして帰った事もある、だから……ひょっとしたらって思ってはいた、そいつは気の弱い奴だ、ただ、こういう世界にありがちで……心の隙を突いてそそのかすんだ、そいつもまんまと乗せられた、要は利用されただけだ」

「だけど……、俺はやっぱり許せねー、ムショからでてきたら、殴ってやる」

蒼介は本気で腹を立てている。
怒りが乗り移ってきて、俺まで腹が立ってきた。
だけど、青木は服役する事になるだろう。
婆ちゃんは親切にしてくれたので、どこかで申し訳なく思うが、青木は自分から望んでNHになった。
それに人殺しをしても、生きている。
悪いが、俺が受けた痛手はとてつもなく大きい。
2度と関わり合いになる事はないだろう。

蒼介がぶつくさ言ってるうちにカフェに着いた。

オープンテラスがあるが、わりとありがちな、如何にもカフェって感じの店だ。
車を降りて3人で店に歩いて行ったが、ケビンはオープンテラスに座った。

店員がすぐに気づいてやって来た。
モーニングセットがあるから、3人共それを頼んだ。

爽やかな風が吹き抜けて行ったが、周りは自然に囲まれてるわけじゃない。
道路の近くじゃ、せっかくのオープンテラスもいまいちな雰囲気だ。

「叔父さん、骨は……」

蒼介が遺骨の事を聞いてきた。

「ああ、親父さんが預かってくれてる、あの屋敷はテツにとって実家みたいなものだからな」

テツの遺骨は親父さんが預かり、神式で弔って自分の墓に入れるらしい。
一般的に広まってる仏式の49日だと、その時に納骨する事になるが、神式は50日目にやるらしい。
俺はわけがわからないし、お任せしている。

「そっか……、テツが骨になったなんて……今だに嘘みたいだ」

「うん……」

俺も死んだ事自体、嘘みたいに思える。

「親父が凹んでた」

「火野さんが?」

「うん……、だってさ、親父はテツの事を凄く尊敬してた、何があっても兄貴について行くって言ってた」

「そっか……」

テツは面倒見がいいし、下の者を可愛がった。
寺島も相当凹んでるだろう。

「親父が『友也を励まさなきゃいけねーのに、俺自身、酷く気分が落ち込んじまって、どうにもならねぇ』って嘆いてた、あんなに凹んだのを見たのは初めてだ」

「そうか……」

「お袋は叔父さんの心配をしてた、テツの後を追って自殺するんじゃないかって……」

姉貴は家族の中じゃ俺の事を1番よくわかってくれている。

「なあ友也叔父さん、死んだりしねぇよな? 俺やだよ、テツが居なくなって……叔父さんまで死んだら……、グレてやるからな」

見てくれは20歳過ぎに見えるのに、マジな顔で子供じみた事を言う。

「あ……、ははっ、ああ、わかった、グレたらマズいな」

既に事実上番長だが、本気でグレたらやばい。

「蒼介、大丈夫だ、死なせるもんか、そんな事になったら、先に逝った兄貴に大目玉を食らう」

ケビンが力強く言った。

「うん、俺はテツも叔父さんも、2人共好きだ、赤ん坊の時から2人に可愛がって貰って、自然に2人の事をカッコイイと思うようになった、同性だからどうだとか、そんな事は関係ない、だってさ、テツと叔父さんは息が合ってたじゃん、阿吽かな? ツーカーって言うのかな? そういうのが羨ましく思えた」

蒼介は俺達に対して抱く、細やかな心情を明かした。

「ああ……、そうだな、テツはデリカシーには欠けるが、回りくどい言い方をしたり、嫌味ったらしい事を言うような、腐った男じゃなかった、俺はそういう竹を割ったような、まっすぐなところに惹かれたんだ」

俺もお返しに、テツに対する思いをそのまま言った。

「うん、わかるよ、テツは男らしい、それに優しい、俺は小さい頃悪さばっかしした、あれは3、4才の時だったかな〜、一緒に風呂に入って、チンコを引っ張った」

蒼介は更に暴露したが……。

「え……、お前、そんな事したのか?」

初耳だ。

「うん、したよ、へへっ、思いっきり引っ張ったら、痛てぇ〜って叫んでた、なははっ!」

「なにやってんだよ〜」

テツはなにも言わなかった。

「あははっ、子供がやりがちな事だ」

ケビンは知ったように言う。

「ケビン、独身なのによくわかるな」

「独身でも大体わかるよ、子供は好奇心の塊だからね、ママがさ、イギリスに帰って結婚しろってまだ言ってる、俺は帰らない、無視してやる」

ママは相変わらずらしい。

「へえ、なあケビン」

蒼介がなにやら興味を示した。

「ん?」

「結婚って、やっぱブロンド美人?」

「ママはそれを望んでいるらしい」

「いいな〜、ムッチムチのブロンド美人、たまんねぇ」

「あのな〜、マセた事を言うな」

中一の癖に色気ばっかし先立ってる。

「いいじゃん別に〜、綺麗なお姉さんに憧れてるだけだ」

「綺麗なお姉さんか、俺は日本人がいい、やまとなでしこだ」

ケビンは古風な事を言っている。

「うっわ、古っ、つーかさ、今どきやまとなでしこなんかいねーよ、まあ〜ケビンはイケメンだからモテるだろうけど、どうせ結婚したら鬼嫁になる」

「じゃあ蒼介、君のママはどうなんだ? 鬼嫁なのか?」

「えっ、お袋は……年がすげー離れてるし、だから遠慮してる」

「うん、いいな〜、そういうのに憧れるよ、俺も年下探そうかな〜」

「いや、でもさ、親子位違うって……、普通はあんまり上手くいかないと思う、まず話があわねぇし、旦那が先に老けるじゃん」

「じゃ、君のママは優秀なんだな、偉いよ」

「うーん……、よくわかんねーけど、親父はあんな風にクソ真面目だから、それが逆にいいみたい」


2人は夫婦について語り合っていた。
俺は黙って聞いていたが、この場にテツがいない違和感は拭えなかった。

ただそれでも、ひとりぼっちじゃないっていう事を……身に染みて感じていた。







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