Snatch成長後編BL(完結)
40、ハンペン再び
◇◇◇
後2日で翔吾が居なくなる。
不安が押し寄せてくるが、なにもなければ問題ないだろう。
なにかあるとすれば、ごねる客やたちの悪い客がきた場合、店長を呼ばなきゃならないので、そこが心配だ。
その前に、今日は青木と家電量販店に行く約束をした。
仕事着兼外出着のスーツを着て青木を迎えに行った。
家の前の道に止めてクラクションを鳴らしたら、青木が出てきた。
けど、婆ちゃんも一緒だ。
婆ちゃんは腰を曲げているが、青木より先に俺の所にたどり着き、笑顔で手にしたビニール袋を差し出してくる。
「あっ、ちょっと待ってください」
慌てて車から降りた。
「あ〜、降りなくてもよかったのに、あのね、これ、ちょっとだけど畑で採れた野菜、よかったら持って帰って」
わざわざ野菜を持ってきてくれたらしい。
「いいんですか?」
「ああ、もうね、畑も小さくなっちまったが、一応野菜を育ててるんだ、ピーマンや人参、玉ねぎが入ってる、つまらない物だけど、こないだのお土産のお返し」
自家栽培の採れたて野菜だ。
それを渡してくる。
「いえ、そんなお返しだなんて……、けど、ありがたいっす」
遠慮がちに受け取ったが、婆ちゃんの気持ちが嬉しかった。
「ああ、今日は広大を電気屋に連れてってくれるんだってね、悪いわね〜家まで迎えに来てくれて、広大、石井君に感謝しなきゃだめだよ」
婆ちゃんが大袈裟に言うから、なんだか照れ臭くなってきた。
「いえ……そんな、友達だし」
「わかってるよ、婆ちゃん、もういいだろ? 行くからな」
青木は素っ気なく返す。
意地悪というよりも、同居する家族だからついそうなるんだろう。
俺も、昔実家にいた頃は姉貴にそんな言い方をしていた。
「あ〜、いいよ、ゆっくり買い物してきな」
婆ちゃんは気にする様子はなく、笑顔で青木に言った。
「あの、それじゃ……、野菜ありがとうございました、ちょっと出かけてきますので」
出発する事にして、婆ちゃんに頭を下げて礼を言い、車に乗り込んでビニール袋を後ろの席へ置いた。
青木が助手席に乗ったら、すぐに窓を開けた。
婆ちゃんは1歩下がって俺達を見ている。
「気をつけて、行ってらっしゃい」
「はい、どうも、失礼します」
手を振って声をかけてきたので、もう一度頭を下げて車を出した。
「婆ちゃん、ウザイだろ?」
家から離れた所で、青木が聞いてきた。
「そんな事ねぇ、いいおばあさんじゃん、羨ましいよ」
すげー優しい婆ちゃんだと思う。
「まあね……、婆ちゃんだけだ、俺を見てくれるのは、孫だからって……ただそれだけで、昔っから俺を可愛がってくれた、孫ってそんなに可愛いものなのかな? 俺にはよくわからない」
青木はわからないと言ったが、本当は婆ちゃんの事が好きなんだろう。
孫云々については、俺は蒼介で体験済みだから、少しはわかる。
「可愛いんじゃね? うちは姉貴んとこに子供がいるからさ、父さんと母さんはメロメロだったよ、今は中学生になって交流なくなったけど」
「中学生? じゃあ、石井君にはそんな大きな甥がいるんだ」
青木は孫云々はそっちのけにして驚いている。
「あ、うん……」
つい流れで喋ってしまったが、あんまり話さない方がいい。
「石井君の家族とか、全然知らないけど、お母さんなら実家に電話した時に話した、ハキハキ物を言う感じだったけど、親切に話をしてくれたよ」
「そっか、母さんはそんな感じだ」
母さんが電話番号を親切に教えたのが、青木と交流するきっかけになった。
「あ、でもさ、ひとり暮らしだったよね?」
「ああ」
「遊びに行ってみたいな〜」
友達になったんだから、俺んちに来たいと思うのは普通だと思うが、明かすのは仕事関連までだ。
高校ん時は仲良くなかったけど、青木は高校時代の友達って事になるし、当時のままの『石井友也』として付き合っていきたい。
「いや、俺んとこはちょっと……」
「あ、ひょっとして〜彼女がいたり? 実は同棲してました〜とか……、だとしたら……ちょっとショックだな」
青木は珍しく突っ込んだ事を言う。
「えっ……、いや、それはねぇ」
それに、今ショックだと言ったが……それは一体……。
「じゃ、なにかマズい事でもあるのかな?」
よくわかんねぇけど、なにか理由を考えなきゃだめだ。
「っと……、あの〜、うちのマンションの周りは治安悪いし、ヤクザの事務所がある、だからさ、そういう人がうろついてるんだ、来ない方がいいよ、ほら、ガンつけられて〜因縁つけられたりしたらヤバいからな」
そんなヤンキーみたいなしょぼいヤクザはいないが、ヤクザだらけなのは本当だ。
「え〜、マジで?」
「ああ」
「石井君、それ……引っ越した方がいいよ、石井君だってヤバいじゃん」
「あ、俺は大丈夫、もう慣れたから」
「慣れたって……、危ないじゃん」
「いや、ほんと、大丈夫だからさ」
「でも〜、石井君、マネージャーなら結構給料いんじゃね? だったら引っ越し位できるじゃん」
他に思いつかなかったし、安易にヤクザを出してしまったが、ちょっとまずかったかもしれない。
「うん、まあ〜、実害はないからアレだけど、考えてみるよ」
「そっか……、うん、それがいい」
青木はようやく納得してくれた。
それから20分ほど経って家電量販店に到着した。
「うわ〜久しぶり、もう何年も来てない」
青木も久々らしい。
「俺も、長いこと来てない、電気屋って、壊れたりしねぇと、そんなにこねぇもんな」
ここでドラム式洗濯機を買ったが、今のところちゃんと動いている。
「うん、でもさ、最近のは適度に壊れる仕様になってるみたい」
「あ、そうなんだ、なんで?」
「ほら、壊れなきゃ買わないし、売れなきゃ困るからだよ」
青木は意外と物知りだ。
「へえ、買わせる為にか、つまり家電も消耗品ってわけだな?」
「そうみたい、前に父ちゃんと母ちゃんが話してたのを聞いた」
「ふーん、職人気質なんて死に絶えたんだな、物を大切にするって気持ちも最近じゃ薄れたし、金儲けが先に立つと、なにもかもが駄目になるんだな」
「仕方がないよ、それで食ってる人もいるんだし」
「ああ、それはわかる……」
わかるけど……なにか引っかかる。
当然のように『そうだ』とは言いたくない。
車を降りて店内に入った。
青木はごく普通の格好をしているが、堀江みたいに改造してるわけじゃないし、下手に女装して目立つよりはマシだ。
何を買うのか聞いたら、電気シェーバーが欲しいと言う。
「カミソリは肌が荒れる、石井君言ってただろ? 肌の手入れをしろって、だから、電気のやつにする」
「そっか、じゃあ、あっちかな? 見に行ってみよう」
一緒に美容器具が置いてあるコーナーへ歩いて行った。
所々に店員が立っているが、男2人だからか、声をかけてくる奴はいない。
棚に並んだ商品を見てみると、シェーバーだけじゃなく、脱毛器も置いてある。
「へえ、すげーな、家庭用のレーザー脱毛器があるんだ」
俺はクリニックで脱毛して貰ったが、自宅でもできるらしい。
「うん、それよさそうだけど、値段が高い」
「ん……、あ、ほんとだ」
青木に言われて値段をチェックしたら、7万くらいする。
とりあえず、いくらまで出せるか聞かなきゃ、商品を選べない。
「予算はいくら?」
「3万以内かな〜、給料はまだだから小遣い貯めたやつを持ってきた」
「そっか、レーザーじゃなかったらお手頃なのがあるよ、っと……この辺だな」
普通のシェーバーを見ていると、横から人が近づいてきた。
「いらっしゃいませ〜、シェーバーをお探しですか?」
声をかけてきたので店員だとわかったが……聞き覚えのある声だ。
「あ……、ええ」
恐る恐る店員を見たら、白髪頭になってはいるが、エラの張った四角い面立ち……ハンペンだった。
「ん、お客様は見覚えがありますね、以前接客した方では?」
何年も前にテツときた時は、俺達の事を覚えてなかったが、今は覚えてるらしい。
「ええ……、まあ……」
しかし、いずれもハンペンの押し売りで迷惑を被り、ハンペンは他の店員によって強制退場させられた。
俺達が悪いわけじゃないが、気を悪くして逆恨みしてたら嫌だ。
「あたしゃ〜つい自分のオススメを押し付けてしまう、だからね、反省して訓練したんだ」
ハンペンは腹を立ててる様子はなく、むしろシュンとしているが、妙な事を言った。
「訓練?」
「ああ、売り場に立てるように、毎日毎日、鬼のようなロールプレイングを繰り返し、血の滲むような努力をした」
鬼のようなロールプレイング……それだけで十分変だが、血が滲むって……軍隊じゃあるまいし、ちょっと想像がつかない。
「そうっすか……、あのでも〜、ロールプレイングでしょ?」
「なめて貰っちゃ困る、あたしら販売員は兵士も同じ、売り場は戦場だ、客はネギを背負った鴨、鴨はすぐに逃げる、いかに鴨を逃がさぬように上手く販売に繋げるか、そこが重要かつ大変なんだ」
熱く語ったが、まともに鴨って言っちゃってるし。
「そっすか……、あの〜、俺達は2人で見て決めますんで、接客はいらないっす」
やっぱ相手にしない方が良さそうだ。
「ここはあたしらのエリアだ、ここに入ったからにゃおとなしく従って貰う、で、シェーバーだが、これだ、これがイチオシ、これを買えば一生後悔しない」
ハンペンは意味不明な事を真顔で言うと、1番高いシェーバーをオススメしてくる。
「いや……、あの〜」
なにが訓練しただ、前とおんなじじゃねぇか。
「ちょっと、お宅、迷惑な店員だな、いらないって言ってるじゃん、分かんねぇのかよ、タコ」
ところが、突然青木が口を挟んできた。
しかも……予想外にキツイ台詞を吐いた。
「なんだと? 今タコって言ったな」
ハンペンは青木を睨みつけて言ったが、これは……いつぞやのハンペンVSボンボンを彷彿とさせる展開だ。
「ああ言った、訳の分からねぇ事を言うからタコなんだよ」
陰キャの青木が、有り得ないような強気な態度をとっている。
正直ハンペンよりも、青木の豹変ぶりに驚いた。
「こいつ〜、人に向かってなんて事を……、客の分際で、お前ら鴨はおとなしくカモられときゃいいんだよ!」
しかし、ハンペンは怒り心頭らしく、販売員とは思えない不適切な発言をする。
「はあ? あんたマジで逝っちゃってる人なの? あたしをなめんじゃないわよ!」
青木は何故かオネエ口調になった。
「なんだ? お前、オカマか? ははーん、カマだからシェーバー買いにきたな」
ハンペンの言う事は図星だったりする。
「うるさいわね、おだまり!」
「当たりか、カマの癖に生意気言うな」
「うるさいわね、タコよりマシよ」
2人は言い合いをしているが、イカレ頭なハンペンVSオネエ口調の青木……現場は異様な空気に包まれ、混沌としている。
もう……どうしたらいいかわからなくなった。
放心状態で成り行きを見守っていると、他の店員が慌てたように走ってきた。
「ちょっと角南さん、あなたあれだけ訓練したのにまたですか」
男性店員はハンペンの腕を掴んで言ったが、訓練は事実だったようだ。
「離せ〜!」
ハンペンは藻掻いて逃げようとしている。
「暴れないで! あっ、すみません……、緊急事態発生、至急来てください、美容機器のコーナーです」
店員はハンペンの腕を必死に掴みながら、インカムで応援を呼んだ。
すぐに複数人が走ってやってきた。
「離せ〜、貴様ら、鴨を逃がす気か〜」
「ちょっと角南さん!」
ハンペンはジタバタ足掻いて抵抗したが、3人ががりで捕らえられ、喚きながらバックヤードに引きずられていった。
てっきりクビになったと思っていたが、霧島組に限らず、今はどこも人材不足らしい。
「はあーあ……」
思わずため息が漏れたが、ハンペン登場には必ず特典がついている。
迷惑料として、購入した商品を割引きしてくれるのだ。
だから……ハンペンは迷惑ではあるが、俺達に貢献してると言えるだろう。
シェーバーを売り値の半額で購入し、青木はホクホク顔で助手席に乗った。
車を出して帰途に着いたが、ついでだからお茶でも飲んで帰ろう。
「なあ青木、カフェでも寄る? 俺が奢るからさ」
二ートを脱したばかりだし、ここは俺が奢る。
「あ、いいの?」
「ああ、構わねぇよ、遠慮すんな」
「ありがとう、うん、寄りたい」
「じゃ、どっか近くにある店に寄るから」
「うん」
青木は嬉しそうに頷いたので、ハンドルを握りながら良さそうな店を探した。
カフェは通り沿いにポロポロある。
いくつか通り過ぎ、次の店が見えたらそこに決めようと思った。
程なくして、明るい雰囲気の店が見えてきた。
減速して駐車場に入っていき、空きスペースを探したが、ふと1台の車に目が止まった。
「あっ……」
テツの車だ。
昼間っからカフェに来てるのは、商談とかそういう類かもしれない。
どのみち顔を合わせるのはマズいし、Uターンして駐車場を出る事にした。
「あれ? 石井君、入るんじゃなかったの?」
「うん……、やっぱやめた、次の店にする」
青木は不思議に思ったようだが、適当に返して、車を駐車場の出口に向かって走らせた。
すると、カフェのガラス越しにテツが座ってるのが目に入り、向かい側に女が座っている。
テツは気づいてない。
笑顔で話をするのを見たら、何か……グサッときた。
心臓がバクバクして、嫌な鼓動が高鳴ってくる。
無意識に車を操って道路に出たが、先日の口紅の事が蘇ってきた。
周りの景色は目に映ってはいるが、頭の中は疑念と暗い気持ちに支配されていく。
もしガチで浮気をしてるとしたら、崖っぷちから突き落とされた心境になる。
でも、小森の事まで疑ったのに、浮気なんかするだろうか?
いや、俺を監視しているからと言って、イコール浮気無しって事にはならないだろう。
「石井君、どうかした?」
考え込んでいると、青木が心配そうに聞いてきた。
「いや、別に……、ははっ、さっきの電気屋で……、ちょっと疲れた」
ハンペンのせいにした。
「ああ、あの店員、石井君の事を知ってたような事を言ってたね、前にも接客してきたの?」
「うん……、ずっと前に、もうクビになったかと思ったけど、まだいたらしい」
青木の質問に答えたら、少しだけ気が紛れた。
ふと見れば、前方にカフェが見えてきたので、減速して駐車場に入る事にした。
さっき見た事はめちゃくちゃ気になるが、今はひとまず、青木と楽しむ事にする。
車を止めて2人で店に入った。
隅の席に向かい合って座り、やってきたウエイターに注文をしたが、時刻は午後15時前、ちょうど小腹が空く時間帯だ。
青木には遠慮なく好きな物を頼むように言った。
やがて注文の品が運ばれてきたが、青木はショートケーキにココア、俺はサンドイッチに珈琲だ。
「石井君、ほんとに付き合ってる人はいないの?」
サンドイッチにがっついてると、青木はケーキをひと口食べて聞いてきた。
「ああ、うん……」
そんな事を聞かれたら、テツの事が浮かんでくる。
「モテるだろ?」
「いいや、周りはニューハーフだし」
「じゃあ、好きな人とかいたの?」
多分、聞いてる対象は女性だろう。
「うん、それはいた」
朱莉さんとカオリだ。
「どんな人?」
「歳上」
「あ、歳上なんだ、へえ、綺麗な人?」
「ああ、美人だ」
「そっか、上手くいかなかったとか、そんなのかな?」
「いや、初めっから俺の片思い、片思いのまま終わった」
「あ、そうなんだ……、告らなかったの?」
「うん、そういうのは無し」
カオリとは今も顔を合わせているが、今はそういう気持ちはない。
水野の奥さんとして見ている。
「ふーん、そっか……、そりゃ恋くらいするよね、片思いでも俺よりマシだ、俺なんか好きな人すらいなかった」
青木の場合、男女どっちなのかハッキリわからないが、どちらにしても、ニートだと関わる機会がない。
「でもさ、今はいるんだろ?」
ただし、それは過去の話で、面接の時に生田にいると言っていた。
「あ、うん……」
青木はココアを飲んだ後でカップを置いて頷く。
「上手くいくといいな」
ひと言応援して、俺も珈琲を飲んだ。
「うん……」
青木はもう一度頷いてケーキを口に運んだので、俺はサンドイッチをパクついた。
静かな店内に客が疎らに座っている。
音量を抑えたクラッシックが、心地よく耳に入ってくる。
青木は黙々と食べて飲んでいたので、俺も同じように黙々と完食した。
テツの事が引っかかって仕方がなかったが、あくまでも……ガチで浮気したのは俺だ。
翔吾の事で親父さんと話をしなければならないし、単にカフェにいった程度の事で……騒ぎ立てない方がいい。
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