Snatch成長後編BL(完結)
2
◇◇◇
マネージャーと言っても大した事はしてない。
嬢達の管理、接客をしてカクテルも作る。
客の入り具合なども逐一見ているが、俺はPCはわからないので、そっちはハルさんにお任せしている。
だから、その分なんでもやる。
元々は雑用だったんだし、慣れたものだ。
「マネージャー、こんばんは〜」
カウンターの中でカクテルを作っていたら、満面の笑みを浮かべる男がやって来た。
常連客の坂田だ。
見るからにリーマンな風貌をしているが、その通り大手電気メーカーに勤めている。
「いらっしゃい、いつも贔屓にして頂いて有難いっす」
常連客は大切にしなきゃ駄目だ。
「いいんだよ〜、ね、マネージャー、そう思うなら……、今度さ、一緒に飲みに行かない?」
ただ、坂田は何気に俺を誘ってくる。
「いえ、俺はここで飲むのが一番っす、やっぱり長年勤めた古巣みたいなもんですから」
だがしかし……俺も三十路になり、それなりに躱す術を持っている。
「またまたぁ〜、上手い事言って、そりゃわかってますよ、俺は矢吹さんと2人っきりで飲みたい、そう言ってるんじゃないですか」
ところが、今夜の坂田はひと味違うようだ。
突っ込んだ事を言う。
「いや、あの〜、ほんと勘弁してください」
愛想笑いで誤魔化した。
「いいや、いつもはぐらかされるからな、今夜こそ落としてみせる」
なのに、自信たっぷりに宣言する。
「落とすって、そんなまた〜、冗談はよしてくださいよ」
あんまりしつこいと、正直参ってしまう。
「おい、ちょっと待ちな」
背後からミノル兼三上が割って入り、ちょっとびっくりした。
いつの間に来たのか、気配を感じなかった。
「ああ、ミノル君、あのさ〜、今大事な話をしてるの、君はあとにして」
坂田は軽くあしらったが、ミノルは未だに若さを維持している。
その為、子供扱いされがちだ。
「俺はガキじゃねぇぞ、友也と同い年だ、あんな、友也には怖い人がついてる、わりぃ事は言わねぇ、諦めな」
三上はペラペラと真実を口にする。
「ちょっとミノル〜、な、いいからさ」
ミノルの肩を抱いて後ろに下がった。
「んん、怖い人って……、どういう意味?」
坂田は首を傾げている。
「いや、なんでもないんっす、気にしないでください」
この店が事実上霧島の経営する店だという事は、ごく一部の人間しか知らない。
というか、それは秘密にしなきゃいけない事だ。
「いいじゃねぇかその位、わかりゃしねぇよ、昔は外人が来てたじゃねーか」
「昔は昔です、万が一って事がある、言っちゃ駄目です」
「用心ぶけぇな〜」
「マネージャー、カクテルまだですか〜?」
嬢がカウンター越しに声をかけてきたが、忘れるところだった。
「あ、今用意します」
急いで戻り、シェイカーを振りまくってグラスに注いだ。
チェリーを浮かべて出来上がりだ。
「お待たせしました〜」
嬢にグラスを渡した。
「ありがと〜」
嬢はニッコリと微笑んでグラスを受け取ったが、マリア以外の嬢はみな若い。
みんな俺より年下だ。
そう思うと、歳をとったな〜とつくづく思う。
「で、マネージャー、ね、行きましょうよ」
まだ居た……。
「坂田さん、うちには若い子が沢山います、嬢達の中で誰か誘ってみたらどうですか? 」
シャギーソルジャーはショーパブだから、売り専みたいに店外の交際は禁止してない。
親父さんの御眼鏡にかなった可愛い子が沢山いる。
「そりゃあね、可愛い子は揃ってる、けどね、俺はあんたがいい」
うう……、坂田……しつこい。
困り果てていると、裏から誰かがやって来るのが見えた。
──テツだ。
「おい友也、仕事はまだ終わらねぇのか」
こっちにやって来て話しかけてきた。
「あ……」
坂田はテツを見てフリーズしている。
「ちょっとテツ……、ダメだって」
慌てて腕を掴み、後ろに下がった。
「あぁ"? なんだよ〜」
テツは不満げだが、さっき三上が坂田に言ったばかりだ。
言ったそばから登場するのはマズい。
「店に来ちゃダメだって言ってるじゃん」
昔と違って俺は今マネージャーだし、責任の重さが違う。
テツには不用意に顔を出さないように予め言ってある。
「んなもん、別にいいじゃねぇか、いちいち気にするな」
なのに、テツは全く気にしてない。
「よくねぇ、ちょっと……控え室で待ってて」
兎に角、裏へ引っ込んで貰わなきゃ困る。
「あの〜マネージャー、悪かったね、さっき言った事は忘れて、じゃまた」
坂田がひきつり笑いを浮かべながら言ってきて、そそくさとその場から立ち去った。
三上が言った事の意味を理解してしまったようだ。
「はあ〜あ……」
霧島の事はバレないとは思うが、思わずため息がもれた。
「なははっ……! 本人登場か、こりゃ一番効くわな」
三上はまだ近くにいたが、傍にやって来てゲラゲラ笑う。
「いや、あの〜……」
俺は笑えない。
常連客を失う羽目になったら……地味に痛手だ。
「なんだぁ? ミノル、効くってどういう事だ」
テツは気になったらしい。
「おう、あのよ、さっきの客はやたら友也を誘うんだ、で、俺が『友也には怖い人がついてる』って脅したんだが、友也は霧島の事を気にして言うなって言った、そしたらよ、またしつこく誘ってた、そこへ矢吹、お前が登場したって寸法だ」
三上はご丁寧に細かく説明した。
「ふーん、そうだったのか、つーか……、ミノル、お前〜」
だが、テツは三上にヘッドロックをかけた。
「ぐあっ……! な、なにしやがる」
三上は不意を突かれてまともに食らった。
「いつまでも呼び捨てにしてんじゃねぇ、『矢吹さん』と呼べ」
テツは未だに呼び捨てにされるのが気に食わないらしく、思いついたように三上をとっ捕まえる。
どっちもどっちだ……。
「嫌だー! 俺は俺だ」
しかし……三上は苦しげに藻掻きながらあくまでも我を貫く。
「ミノル、おめぇも頑固だな〜、変人の日向に気に入られるだけはある、ちゃんと呼べっつってるんだよ、このっ! 」
テツは力を入れて締め付け、無理にでも言わせようとする。
「う"う"〜」
器はミノルだ。
そろそろ止めなきゃヤバい。
「ちょっとテツ、ミノルが壊れるって、マジで首が折れるから」
「けどよー、こいつ生意気な人格になるとムカつくんだよ」
「わかるけど、ミノルは大人しい時もあるだろ? だからさ、おおめにみたら? 」
本家ミノルの時はさん付けで呼ぶんだから、いちいち気にしなくてもいいのに……。
「う〜」
三上は顔を真っ赤にして苦しそうだ。
「ほら、死にそうになってるじゃん、ミノルは弱いんだからさ」
「わかったよ、ったく〜」
テツはようやく三上を離した。
「兎に角さ、裏で待ってて」
後はフィナーレのショーだけだし、それを終えたら閉店だ。
「おう、わかった、タバコでも吸ってるわ」
久々にヘッドロックをおみまいして気が済んだらしく、すんなりOKして従業員専用扉の方へ歩いて行った。
「あ〜、苦しかったー、あいつ、ミノルにも容赦ねぇな」
三上は首を擦りながらぶつくさボヤいた。
「いや、あの……、いい加減さん付けで呼んだらどうですか? 」
だけど、テツが言ったように三上も頑固だ。
そりゃ生前は同じ立場だったから気持ちはわかるが、見てくれはミノルなんだし、なにもそこまで拘らなくても。
「やなこった、ミノルと俺は別物だ、俺は矢吹を矢吹として見ている、俺からすりゃ親しみを込めて呼んでるんだ、俺はな、こんな事になっちまったが、あいつと仲間でいてぇ、生きてた時はあいつを陥れてやろうと思ったが、今は反省したんだ、だから仲間としてやり直してぇ」
すると、真面目な顔で言った。
そんな事を言われたら、なんだかぐっとくるものがある。
「そっすか……、そんな風に思ってるなら、仕方ないですね、分かりました」
程なくして、フィナーレのショータイムが始まったが、今は昔みたいにゲスいギャグ主体ではなく、わりと真面目にダンスを披露している。
若い世代になってニューハーフ達のクオリティが上がり、今のメンバーは本物の女性にしか見えない。
そんな中で異彩を放つのがマリアだ。
昔のシャギーソルジャーを知ってる客は、むしろ、マリアのようなゲスいネタ満載の毒舌を好む。
マリアは相変わらずヒロシと2人で暮らしている。
ヒロシは大切にされているので、ラブドール冥利に尽きるってとこだろう。
ちなみにセイコも俺が手入れしているが、押し入れの中にしまってある。
蒼介に見られたらマズいからだが、実はもう見られてしまった。
隣同士だから、蒼介は気まぐれに遊びに来る。
俺もテツも、蒼介をずっと可愛がってきた。
だからいつ来ても構わないが、確かあれは……蒼介が小学5年生くらいの時だった。
ある日、俺がちょっと目を離した隙に、蒼介が押し入れや天袋を探り、セイコとテツのアダルトグッズコレクションを発見した。
俺が気づいた時はセイコをベッドに寝かせ、そのわきで大人の玩具を弄っていた。
慌てて取り上げたが、『俺知ってるもん、なあ友也叔父さん、もうちょい見せて』と言ってきた。
勿論駄目だと言って取り上げたが、その後しつこくごねて参った。
火野さんはあの手のグッズは苦手な人だが、誰に似たのか……蒼介は興味津々だ。
皆で客を丁重に送り出し、閉店して片付けをしていたら、三上がやってきて『矢吹のとこへ行ってやれ』と言う。
悪いと言ったが『構わねぇ、売り上げの方も俺がやってやる、早く行け』と言うので、お言葉に甘えさせて貰って裏へ引っ込んだ。
ミノルは今でもバイト扱いだが、長年勤めているので信用は有り余るほどある。
だから、ミノルが店の経営にかかわる事にタッチしても、当然ハルさんはなにも言わない。
ほんと言うと、そういうのを片付けているのはミノルではなく、全部三上だ。
三上は売り上げの計算や確定申告まで、様々な面で手助けしてくれる。
さすがは元霧島幹部、有難い人だ。
「おう、やっと来たか」
控え室に入ると、テツはタバコを消して立ち上がった。
と、ドアが開いてマリアが若い子を数人連れて部屋に入ってきた。
「あら、矢吹さん、いらしてたのね」
「おお、おめぇも頑張ってるな」
「ええ、もうね、あたしなんか妖怪レベルよ、キャハハッ」
マリアがテツの方へやって来て冗談を言う間に、若い嬢達はテツに頭を下げてハンガーの傍に歩いて行った。
これがもし昔のメンバーなら、寄ってたかって色々言ってきたが、今のメンバーは普段からおとなしい。
「いい事だ、おめぇには古くからの客がついてるんだろ? そういうのは大事だ」
「ええ、まあね、これで彼氏ができたらいう事ないんだけど、もういいの、矢吹さんに貰ったヒロシがいるから」
「ヒロシか、ナニはねーままか? 」
「ええ、無いわ、わざわざソコだけ注文するのって、エグいでしょ? 箱を開けてナニが丁寧に包まれてたりしたら、笑っちゃうわ」
「ははっ、ま、そうだな、さてと……、で、友也、売り上げの計算は済んだのか? 」
2人は楽しげに話をしていたが、テツはマリアとの話を切り上げて俺に言ってきた。
「あの〜、ミノルがやってくれるって」
「じゃ、お2人さん、あたしも着替えるから」
マリアが頭を下げて化粧台の方へ歩いて行った。
「お疲れ様でした」
ひとこと声をかけたら、振り向いてニッコリと笑う。
「そうか、じゃまぁ、そういう事なら行こうぜ」
「うん」
テツに促され、金庫からカバンを出した。
今は店長室だけではなく、ここにも金庫が置いてある。
カバンを肩にかけ、テツと一緒に部屋を出た。
一応ハルさんにも挨拶しなきゃいけないので、店長室のドアを開けてハルさんに事情を話し、先にあがらせて貰った。
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