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短編




「だるーい、兎喜ちゃーん」


現在、外で体育中。
サッカーをしているが、背中にべったり愛人がくっついている。動きにくいことこの上ない。


「委員長ー!そっちボールいったぞー」


愛人を背中に引っ付けたまま、足元にきたボールを蹴る。


「愛人、暑い」

「まぁまぁ。……あっ!」


耳元で叫ばれ何だと愛人を睨む。


「兎喜ちゃん、前っ!」


愛人のその言葉に前を見ると、さっき蹴り飛ばしたはずのサッカーボールが顔目掛けて飛んできていた。
避けたくても、すでに遅く、顔面に直撃した。パキと眼鏡にヒビが入る音が聞こえる。


「…ッつ、」


愛人がひっついていたおかげで倒れる事はなかったが、かなりの痛みだ。


「と、兎喜ちゃん!大丈夫!?」

「委員長ー!無事かー?」


クラスメイトが次々に声をかけてくる。俺は額に手を当て、大丈夫だと言った。
中断されていたサッカーはすぐに開始され、俺は愛人と共に試合を抜けた。


「おでこ、赤くなってる。鼻も赤い。よかったね、鼻血出なくて」

「あぁ。でも眼鏡が犠牲になったな」


寮に帰れば、予備がある。
今日のところはこのレンズにヒビの入った眼鏡で大丈夫だろう。
しかし、痛い。顔がジンジンする、特に額と鼻。
愛人に鼻をつままれ、眉間にシワを寄せる。


「痛い」

「一応保健室行って来たら?痛いんでしょ」

「あぁ、そうだな。行ってくる」


とにかく、顔を冷やしたい。
愛人は頬にキスをして鼻から手を離した。いつもの事なので、何も言わない。


「いってらっしゃい」

「行ってきます」


愛人に軽く手を振り保健室に向かって歩き出す。
グラウンドの端にある体育倉庫の近くを歩いていると、見知った人がいた。見知ったというか、俺の好きな人が。


「…九条、先輩」


ぽつりと呟いた声は相手に聞こえていたようで、九条先輩と目が合う。
ヒビの入った視界越しでも、九条先輩はかっこよかった。


「相沢か。どうしたんだ、こんな所で」


九条先輩とは、あの会議以来だ。ちょっと気まずい。


「…九条先輩こそ、どうしてここに?」

「オレか?オレは取り締まりだ。ここで、タバコを吸ってる生徒がいると聞いてな」

「そうだったんですね。俺は体育でサッカーしてて…、」


そこまで言った所で、九条先輩の手が俺に伸びてくる。
いや、きっと眼鏡が割れてるからそう見えてるだけ…だよな?
と思ったが、九条先輩の指が額に触れた。


「ボール当たったのか。赤くなってるな」


クスリと笑う九条先輩は、指で赤くなっている部分をなぞる。


「っ、九条、先輩…!」

「ん?どうした?」


九条先輩は質が悪い。本当に、期待してしまうじゃないか。
九条先輩はこんな事、他の人にはしない。聞きたい、俺の事どう思っているのかを。でもそんな勇気はない。


「いえ、何でも」


ないです、と最後まで言う前に、九条先輩に顎を掴まれ上を向かされる。


「…あ、あの、九条先輩?」

「……鼻血」

「え?」

「鼻血が出てる」

「は!?」


時間差!?嘘だろ…
内心慌てていると、九条先輩は俺の顎を持ったまま、もう片方の手でポケットからハンカチを取り出し俺の鼻をそれで押さえた。


「っく、九条先輩、汚れます」

「構わん」


構わんって、俺が構う。
眉間にシワを寄せていると、九条先輩が俺の鼻を押さえたまま俯き震えていた。
明らかにそれは、


「…先輩、何笑ってるんですか」

「…っ、すまない。相沢の顔が面白くて」


俺の顔が面白い…?
そんな面白い顔をしていた覚えはない。というか、結構失礼だ。


「いつまで笑ってんですか」

「…悪い。鼻と額は赤いし、眼鏡は割れてる。それに鼻血……笑わない方がおかしいだろう?」

「………」


俺、九条先輩にすごくみっともない所を見られたんじゃ…
うわ、最悪だ…
落ち込んでいると、九条先輩の顔が近付いてきた。


「どうした?怒ったのか?」

「いや、そういうんじゃないですけど…」

「けど?」


顔が近い、心臓が破裂しそう


「…み、みっともない、所を、見られて、ショックを受けてたんですよ!」


やけくそで軽く叫ぶと、九条先輩はふわりと目元を緩めて笑った。


「そうだな、さすがに鼻血はみっともないな」


からかうような口調で言われ、ムッとする。


「悪かったですね、みっともない所見せて」


こんな風に九条先輩と、話せる日がくると思ってなかった。
あぁ、本当にこの人が好きだ。


「そう怒るな」


九条先輩は苦笑して、額にかかる前髪をかき上げてそこに…キスをした。


「……は、」


は?今何、された…?
混乱する頭で、九条先輩を見ても優しく笑うだけ。


「鼻血、止まったみたいだ」


鼻を押さえていたハンカチを九条先輩が取る。


「相沢、じゃあまた」


九条先輩はそう言って、俺の頭を撫でてから校舎の方へ行った。


「っほんと、期待するだろ…」


ぐしゃりと髪の毛を掻き乱す。
駄目だ、我慢しろよ。この気持ちは抑えなければ、いけないんだ



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