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短編




ぺちぺちと頬を叩かれている気がして、目を開ける。
目の前に芦北の顔。何度も瞬きしていると、頬をつままれた。


「…なに、すんだよ」

「君、丸一日寝てたよ」

「…は?」

「ここ俺の部屋だから」


教員寮か…
芦北の部屋に連れて来られるなんて、最悪だ。


「わざわざ連れて来てやったんだから、感謝しろよ」

「…ほっとけばよかっただろ」


わざわざ連れて来るくらいなら、ほっとけよ。誰が、芦北などに感謝するか。


「一応僕は教師なので、ボロボロの生徒をそのまま見過ごす事は出来ません」

「…きも」

「はあ?」

「喋り方きもい。それに俺をほっといても問題なかっただろ。つーかアンタの性格からして、ただ単に俺を助けたとは思えない」


なにか目的があるか、助けた見返りを求めてくるか…
芦北はそういう奴だ。もし本当にほっとけなかったとしても芦北の部屋に連れて来る必要はない。学生寮には救護室だってあるのに。

何を考えてるかわからない。だから嫌いだこいつは。


「お前、警戒してんの?」

「…は?」


今度は俺が疑問の声をあげる番だった。


「俺は純粋に人助けしちゃ駄目だって、お前はそう言いたいの?せっかく1ミリだけある良心でお前を助けてやったのに」


1ミリもあんのかよ、と心の中で笑った。


「なのに、俺がお前みたいな、ちんちくりんを襲うって警戒されるなんてなー」

「はぁっ?ふざけんな!そういう意味じゃ、」

「っていうのは冗談」

「………」


俺、本当に芦北嫌いだ。


「別にお前に何も求めてねぇよ。だって、お前使えねぇもん」

「…っ、」


布団の中で、ぎゅっと手を握り締める。


「三笠之水、お前は自殺志願者か?少しでも死にたいと思った事があるか?」

「…少しじゃない。死ねばいいと思う…、あの蛾も、俺も」

「じゃあ殺してやろうか」


芦北は笑いながら俺を見ていた。


「絶対嫌だ。アンタは蛾を殺せばいい。俺はアンタには殺されたくない。それなら、自分で死んだ方がマシだ」

「俺嫌われてんだなー」


アンタはそっちの方がいいんだろ、好かれるよりも嫌われている方がいいんだろ。
そっちの方が楽だから。


「なぁ之水、」


勝手に名前呼んでんじゃねぇよ


「君さ、しばらくここにいてくれるかな?怪我もまだ治ってないしさ」

「何でだよ」

「君が嫌いな蛾を駆除したいと思ってね」


あの三年の蛾を駆除するのか。
アイツらがいなくなれば、俺はもうこんな思いをしなくて済む。


「お前がいると邪魔だ。あの三年共はお前を使うからいつまで経っても証拠が撮れない。でもお前がいなけりゃ、自分達で動くしかないからな」


そうだろうけど、俺もあの蛾と同罪じゃないのか。命令されていたとはいえ、主に行動していたのは俺だ。
それに意外とあの蛾達は、臆病で動くとは限らない。俺が戻るまでは動かないかもしれない。


「…動かないかもしれないだろ」

「まぁそうだな」


もっと手っ取り早い方法があるのに。


「俺は蛾になる前に死にたい。アンタは蛾を駆除したい。意味分かるだろ」


俺を蛾に襲わせればいい。
そうすれば、暴力を振るう蛾の映像は撮れる。


「それはしない」

「は?何でだよ、俺の事なんかどうだっていいだろ…!」

「どうでもいい奴をここに連れて来ると思うか?」


……は、どういう意味だ


「柄にもなく、蛹を助けたいと思ったんだよ。さっきの冗談は冗談じゃない」


唇を何かが、かすめた。
口を手で押さえる。


「いいか、一週間この部屋から出るな」


それだけ言って芦北は隣の部屋に消えた。暗い寝室に一人取り残され、呆然とする。


「……冗談、だろ」


ぽつりと呟いた声は、すぐに消えた。



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