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SMILE!
母親の顔



翌朝、六に背中を押され、お葬式に行く事を決めたおれは良仁さんの所へ向かった。
理事長室の扉をノックし、良仁さんの返事を聞いて扉を開けた。


「八君、来たんだね」


良仁さんはすでに礼服であるスーツを着ていた。


「…はい」

「行くんだね?」

「…行き、ます」


分かったと頷いた良仁さんはソファーの背にかけてあったスーツをおれに渡す。


「向こうで着替えておいで。着ていた服は置いてていいからね」


仮眠室を示され、頷いてからそこに向かう。
着ていた服を脱いでスーツを着ていく。最後にネクタイを絞め、仮眠室を出た。
良仁さんの前まで行くと、良仁さんは口元を緩め、おれの胸元に手を伸ばす。


「ネクタイ曲がってるよ」

「…あ、すいません」

「はい、これで大丈夫だよ」

「…ありがとうございます」


じゃあ行こうかと言った良仁さんの後をついて、理事長室を出た。


裏門に止まっていた車に乗り込むと、すぐに走り出す。
運転手の人は良仁さんに仕えていて、何度か話した事がある。
名前は田川さん、だったと思う。


「どのくらいかかる」

「一時間程でつくと思います」

「そうか、わかった。…八君」


急に話しかけられ、驚きながら窓から視線を外し良仁さんを見る。


「……は、い…?」

「まだ時間はあるから、そんなに緊張しなくていいよ」


緊張してるの、バレてたのか…
久しぶりに着たスーツと、母親の葬式という事がおれを緊張させている。


「……はい、」

「大丈夫、私もいるから」


ゆっくりと頷き、窓の外を見つめる。
ひとりじゃない。良仁さんがいてくれのは、とても心強い。
変わっていく風景を見ながら、心を鎮めた。

ついたのはこじんまりとした式場で、まだ始まる前なのか人は少なかった。
車を降りて、良仁さんと式場に向かう。入口に母親の名前が掲げられていて、一瞬だけ足を止めた。

江夏 美奈
そう書かれていた。
えなつみな、胸の中で呟いた。
思い出す名前と昔の記憶。嫌な思い出ばかりじゃない。あの日まで、おれは笑って過ごしていた、幸せだったんだ。
母親の名前から目を逸らし、良仁さんの後を追った。
式場に入ると、小さなホームがありそこに受付があって、その奥の部屋に棺桶が少し見えた。
遠くにあるそれをじっと見ていると、声をかけられた。


「あら八くん、久しぶりねぇ」


その声は、おれを引き取り中学まで世話になっていた親戚の人の声で、そっちを見ると良仁さんが会釈していた。


「……お久しぶり、です」


良仁さんと同じように会釈する。
会うのは中学卒業して以来だ。
世話になっていたとはいえ、苦手な人だ。


「お母さん、残念ねぇ」


本当にそう思っているのかと、ふと思った。でも、今回の葬式も…いろいろ迷惑をかけているから声には出せない。


「お母さんの顔、見て来たら?」


その言葉に戸惑いながらも、はいと肯定の返事をした。良仁さんと二人、棺桶の置かれた広い部屋に行く。
遺影が目に入り、そこでやっと母親の顔を鮮明に思い出した。
あの頃とは全く違う母親の老けた顔に、何とも言えない感情に襲われた。
棺桶の前に立ち、良仁さんが顔の部分を開ける。


「…っ、」


安らかに眠る母親の顔
おれの知らない母親がそこに眠っていた。
こんな人、知らない。本当に、おれの母親…?無意識のうちに一筋涙がこぼれ落ちた。



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