SMILE!
接する
皆が紅の食堂にいる事を大神に伝えると、大神はおれと手を繋ぎ歩き出す。
「……大神」
「なに?」
「……ありが、とう」
大神が隣にいてくれてよかった。
いなかったら、おれは逃げていただろうし。他の誰でもなく、大神でよかったと思う。
「お礼はセックスでいいよ。もちろん、僕が満足するまでね」
「…分かった」
「え?いいの?」
「……嘘、冗談」
「…江夏サンのくせに生意気。もし僕が冗談の通じない人間だったらどうすんの」
不機嫌な顔をする大神を見て、ほんの少し笑う。
だいぶ、落ち着いた。どうせまた、泣いて取り乱すんだろうけど。
出来るだけ落ち着いて話したい。
「……通じてるから、大丈夫」
「ムカつく。ホントに襲うよ」
「…それは、困る」
「ああもう、分かってるよ。…ほら早く行くよ」
大神は歩くスピードを速め、どんどん歩いて行く。
意外と大神は世話好きなんじゃないかと思う。滝登の扱い方も分かっているし、今だっておれと一緒にいてくれている。
ありがとう、と心の中でもう一度呟いた。
食堂の扉の前まで来て、立ち止まる。中から声が聞こえる。
六の声だ。中に入らずに立ち止まったままでいると、扉の向こうから小さく六の声が耳に届く。
「お前らは恵まれてんだよ。最初っから、普通に八と話せる事幸せだと思えよ」
六…、
ごめんな、普通に話す事が出来なくて。でも今話せるのは六のおかげだから。
「八が、どんな思いで自分の事話したかちゃんと考えてやれよ。好きなんだろ、八の事」
ああ、六の馬鹿。泣いてしまうだろ。六はおれの事ばっかり、考えてくれてる。
「…泣くにはまだ早いよ」
「……おおがみ、」
「開けるよ」
ゆっくりと頷く。
また緊張し始める。ドクドクと動く胸を抑えたくて、服を握り締めた。
息が出来ない程、緊張したのは、たぶん初めてだ。
大神が扉を開ける姿が、スローモーションに見えた。大神に促され、中に入れば…全ての視線がおれに向く。視線が怖くて俯く。
隣にいる大神の腕を掴む。
すると大神はおれの耳元で、誰にも聞こえないように囁く。
「がんばれ」
頑張りたいけど、何を言えばいいんだろう。自分の気持ち?
「………お、れは…、」
声が出ない。掠れた声を必死に出そうとする。
俯いた視界には自分の足と隣にいる大神の足しか映らない。
手の平に短い爪が食い込むくらい、ぐっと手を握る。
「八、」
六がおれを呼んでいる。
だけど、顔は上げれなかった。
「ごめん、中学ん時の事話した」
「………」
その言葉に首を振る。謝らなくていいと思いを込めて。
六なら声に、しなくても分かるはずだから。
がんばれ、江夏八
伝えるんだろう?自分から話さないと、一生伝わらない。
目を閉じて小さく深呼吸をする。
「………おれ、は…昔、六が、怖かった」
初めて会った時、おれは怖かった。六が。その時は六だけじゃなく、人間が怖かった。
「…無視しても、何度も話し掛けて、きて…、おれの中に、入ってくる六が、怖くて…嫌いだった」
うんざりした。やめてくれって思った。でも、だけど、いつの間にか六が、心の中にいた。
暖かい存在。
「……で、も…今は、違う。大切な、親友……だけど、六にも、置いていかれて…、」
「九年ぶりに、奇跡的に八と再会出来た」
六の言葉に、俯いたまま頷く。
この学園で本当に奇跡的に再会した。最初は夢かと思った。
「……おれは、捨てられた人間…だけど、いつか…六みたいに、親が…迎えに、来てくれるんじゃないかって…」
ほんの少しの期待。
捨てられたけど、嫌いにはなれない。憎めない唯一の両親。
もし迎えに来てくれたら…、
「……っお、れを…捨てた理由が、聞けるし…っ、」
捨てる程の理由を。何か事情があったとか……いつか迎えに行くつもりだったとか。
そう聞ければ、いい。
ただ、それはおれの願いだけど。
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