SMILE!
5
ぎゅうっと強く抱きしめられ、隠岐の体温がおれに移る。
身体が軋んで痛い。だけど、嫌じゃない。
銀色の髪がさらさらとおれの頬を撫でる。
「…江夏、」
「……何、だ…?」
隠岐の息が耳にかかる。そのまま耳元で囁かれた。
「お前を好きでいてもいいか」
その声に、言葉に、激しく心臓が動く。
その心臓の音が隠岐に聞こえてしまうんじゃないかと、余計にドキドキした。
「お前を好きになるなんて、思ってもみなかった。この気持ちを言うつもりもなかった」
榊にはめられたな、と隠岐はフッと耳元で笑った。
隠岐が笑っている。その事に驚いた。何度か見た事はあるけれどやっぱり驚く。
だけど、その顔を見る事は出来ない。無性に隠岐の顔が見たいと思った。
「……隠岐、」
「お前が、俺を拒絶するならそれでもいい。だが、お前が拒絶しないなら、」
「…しない。おれに隠岐を拒絶する理由はない」
言葉を遮り、そう言う。
隠岐はおれを離し、視線を合わせた。
「後悔するんじゃねえぞ」
「…しない」
漆黒の目を見て言うと、また隠岐に力強く抱きしめられた。
「江夏八、お前が好きだ」
耳元で囁かれた言葉は、おれを固まらせるには充分だった。
聞けた、隠岐の気持ち。
「お前が誰を好きになるかは関係ない。俺はそれまでお前を好きでいる」
おれに好きな人が出来るその時までの感情。
「お前が選んだ奴に文句は言わねえから。ただその時までは、お前を想う事を許せ」
ゆっくり頷くと、両手で頬を包み込まれた。
ほんの少し上にある隠岐の顔を見ると、目元を緩めておれを見ていた。
文化祭中とは思えない程、おれ達がいる教室の中は静かだった。
「……どうして、おれなんだ?」
「あ?そんな事で悩んでんじゃねえよ」
「…だって、おれより良い人はいる、だろ」
「そんなもん当たり前だろうが」
はっきり言われ、多少傷付いた。
本当の事だけど…
「お前より優れてる奴は山ほどいる。顔も性格もな。そんな奴よりも欠点があるお前だからいいんだろ」
「………」
「お前が駄目な人間だから、構いたくなんだよ」
お前がそこら辺にいる普通の用務員だったら、誰も好きになってねえよ。
そう真顔で言われたが、おれは普通の用務員じゃないのかと疑問に思った。
普通じゃなくて、駄目な人間だから、好きになったと言われ、何か複雑な気分だった。
「まだ気になるなら、他の奴にも聞いてみりゃいいだろ」
「……え、ああ…」
聞いたら隠岐と同じような答えが返ってきそうだから、止めとこうと思う。
「馬鹿犬、」
今日初めて呼ばれたそのあだ名。
片手で後頭部を掴まれ、隠岐の顔が近付く。キスされると思い、ぎゅっと目を閉じた。
閉じた数秒後に唇が触れ合った。ただ触れ合うキスが続き、おれはうっすらと目を開けた
「…っ!」
ら、隠岐と目が合った。
まさか隠岐も目を開けているとは思わず、慌てたおれは隠岐の制服を掴む。
離れようとするが、がっちりと頭を掴まれ、上唇を甘く噛まれた。
「…お、き…っ」
口の隙間から舌が入ってきて、歯をなぞっていく。
歯列をなぞり、舌を絡め取る。
「っん、ん……ぅ…、」
鼻で息をするのもきつく、必死に隠岐の制服を握り締めて耐えた。
じん、と身体の芯が熱くなる。
「…ん、はっ…ぁ…、」
離れた唇をつっと糸が繋ぐ。鼻が触れる程の距離で見詰められる。
好きだとその漆黒の綺麗な瞳に言われた気がした。
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