SMILE!
4
くまのおれを見て、隠岐は怪訝な顔をした。矢野は隠岐の背中を押し、教室の中に入れる。
「たまには素直になれよ」
「ああ?このくま何だ」
「このくまさんの中身、お前が好きな江夏さんだぞ」
矢野の言葉に隠岐はおれを凝視する。目の前まで来た隠岐は乱暴にくまの頭を取った。
おれの顔を見た隠岐は眉間に深いシワを刻み付け、舌打ちをする。
「榊、お前…、余計な事してんじゃねえ」
「俺は余計な事をしたつもりはない」
苛立った隠岐は持っていたくまの頭を壁に投げ付けた。ガンッと酷い音を立てて、床に転がった。
「くまさんが可哀相だろー?」
「うるせえ」
「そう怒るなよ。晃雅、ちょっとは自分の気持ちも伝えてみろよ」
じゃ!と矢野はおれと隠岐を置いて去って行く。
「榊、お前後で覚えとけよ」
隠岐のその言葉に矢野は手を挙げるだけだった。隠岐が力任せに教室の扉を閉め、煩くその音が響いた。
しばらく無言が続いた。気まずくて、何か話そうと口を開く。
「……あ…の…隠岐…、」
「何だ、その格好は」
「……く、ま」
「見りゃ分かるそんな事。脱げ、見ててうぜえ」
脱がないと殴られそうな雰囲気だったので俯いて着ぐるみを脱ぐ。
チッと舌打ちが聞こえた。
くまの着ぐるみを脱ぎ、床に転がった頭と一緒に元通りに置く。
「榊に何言われた」
「……いや、別に…」
何も言われてないって言ったら嘘になるが、そんなたいした話もしていない。
「……さっきの、話」
「忘れろ」
隠岐は、はっきりそう言った。
忘れろって忘れられるわけない。ちゃんとこの耳で聞いた、隠岐の本音。
「……忘れるなんて、無理だ」
ぽつりとそう言う。
忘れたいと思っても、きっと忘れられない。
「何でお前はいつもそうなんだ」
隠岐はぐしゃっと髪を掻き乱し、おれを見た。
「言っただろ、俺はお前の側にいる資格なんてない」
「……好きになったり、側にいるのに資格はいらない、と思う」
正直に自分の気持ちを伝えた。
相手を傷付けてしまったから、好きになるのも側にいるのも、駄目ってそれはおかしい。
好きだって感情は自分のものだ。
「本当お前は馬鹿だな」
そう呟いた隠岐はおれの手首を掴み、抱き込む。優しく抱きしめられ、ドキリとした。
こんな隠岐は珍しい。
「江夏、」
「……お、き…」
いつも不機嫌そうで、おれよりも笑わない。何を考えているのか全然分からないし、話してくれない。でもたまにこうやって、優しくなる。
おれは今だに隠岐への接し方が分からない。
「お前なんか担当になった時、さっさと殴っとけばよかった」
隠岐に殴られていたら、おれは紅の担当を辞めていただろうか?
今となってはもう遅い。
「……もう、手遅れだ」
「じゃあ今から殴らせろ。そうすれば、お前は俺から離れるだろ」
その言葉に首を振った。
殴られたからって離れる事はない。それに隠岐は優しいから本気で殴る事などしない。もし本気で殴られたなら、それはきっとおれが悪いからだろう。
「……やっと、隠岐と普通に話せるようになった、だから離れたくない」
隠岐とも、皆とも、やっと普通に話せるようになったのに、離れるのは嫌だ。
まだ、話してない事たくさんあるのに。
おれは話すのは苦手だけど、皆と話をしたいって思うんだ。
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