SMILE!
2
矢野榊は校舎の一階に来て、足を止めた。
校舎一階は一般の人は立入禁止で、学園関係者しか入れなくなっているが矢野榊が気にする事はなかった。誰の姿もなく、おれと矢野榊しかいない。廊下から外を見ると、人がたくさんいて笑顔が溢れていた。
「とりあえずくまさんの頭取ってもらえます?」
頷いて、頭をゆっくり取る。
おれの顔を見た矢野榊は少しだけ驚いた表情をしていた。
「改めて、矢野榊です」
「……江夏、八です」
「年上ですよね?何歳なんですか?」
「…24、です」
もうすぐ誕生日だから、25歳だけど。
25歳か…なのに、おれは子供っぽいと言われる。
たぶん、それは精神的な問題で、大人にならなければいけないと思う。
「そうですか。敬語じゃなくていいですよ、あと俺の事は好きに呼んでください」
「……わかった」
「べに様、いなくなってよかったですね」
「…え、ああ…」
「俺右目失明してるんですけど、べに様にやられたんですよ」
驚いて矢野を見ると、矢野は苦笑していた。
矢野の方が酷いんじゃないのか?
おれは傷痕が残っているだけ、でも矢野は失明している。
「まあ、俺はそれだけだったんですけどね」
「……それだけ、って」
「俺は庶民だし、喧嘩もちょっと出来るくらいで、大人数で来られたら敵わないし」
それは、おれも同じ。
ただおれは喧嘩は全く出来ない。
「家の方にも手出されそうだったんで、すげームカついたんですけど、自主退学しました」
べに様の被害が自分だけに来るのならきっと矢野は耐えていたんじゃないかと思う。
「だから、俺の代わりに晃雅に復讐を頼んだんです。晃雅が入学した時には、べに様は変わってるかもしれないけど、べに様っていう制度自体を潰してほしくて」
本当はべに様の被害に遭うのは、俺で止めて欲しかったんですけどね。
その矢野の思いは叶わず、べに様はおれで止まった。
「晃雅がいろいろ迷惑かけて、すいません」
「……いや、おれは…」
迷惑かけたのは、こっちだ。
隠岐は助けてくれたし、隠岐が迷惑だと思った事はない。
「正直意外でした」
「……?」
「晃雅が気にいる程だから、江夏って人は、すごく可愛いかカッコイイ人なんだろうなって思ってました」
残念な事に、おれは可愛くもないしかっこよくもない。何ともいえない微妙な顔だと思う。
「初対面で失礼ですけど、思ってた以上に背デカイし、顔はまあ…不細工じゃないんだけど…説明しにくいし」
本当の事だから、怒れない。
怒っていないけれど。
「晃雅が江夏さんみたいな人を好きになるとは思ってなかった」
「…ちょっと、待ってくれ」
「はい?」
「……隠岐が、言ったのか?…おれを好きだって…」
ドクドクと、心臓が煩く音を立てる。
隠岐の気持ちは、うっすらと分かっているけど、直接聞いたわけじゃない。それに隠岐は気にするなと、言っていたし…
「いや、聞いたわけじゃないけど、江夏さんの話を聞いてたら、そうかなあって。というか明らかにそうだろ!」
何やら嬉しそうな矢野。
「晃雅に告白されました?」
「…えっ…いや…、」
「されてねぇの!?」
…されてないよな?
何故かテンションの高い矢野。
正直に頷くと、矢野はため息をついた。
「信じらんねぇ。アイツはヘタレか…晃雅ホントに告白してないんですか?」
「……いや、その…気にするなって、言われて」
「ちょっとそれ詳しく聞かせろ」
敬語が消えた矢野。
これは話すしかないようで、恐る恐る隠岐との事を話す。
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