「僕、京に行くよ」 冷たい空気が肌を撫でる季節。無言で私の手を引っ張って歩いていた総司が告げた。 「…え、」 「僕は、近藤さんに付いて行く」 幼い頃から一緒に居て、初めて見る真剣な瞳だった。 いつもの彼とは違うまっすぐな目が、冗談や悪ふざけでは無いと言っている。 「…もう、会えないの?」 「分からない。けど、また会えた時はさ」 いつの間にか一回り大くなった手が私の両手を包み込む。 まるで壊れ物を扱うかのように。 「名前が幸せになってる姿を、僕に見せて」 「そ、うじが、いい…っ」 「…ごめんね、名前」 そして季節が変わる頃、彼は京へと上って行った。 数年経って私は町で出会った人と結婚した。とても優しい人で、私を大切にしてくれる。 家族や友人達は私を幸せと言った。 そう、私は幸せだ。 「総司!?」 「…、名前?」 そんな折、総司が病の療養の為に江戸に帰ってきた、と連絡をもらった。 慌てて滞在しているという屋敷に行けば、病のせいかずいぶん痩せてしまった彼の姿があった。 「…総司、」 「こんな…、みっともない姿。名前には見られたくなかったなぁ」 けほけほ、と時折漏れる咳は彼が労咳である事を再確認させられる。 「…結婚、したんだってね」 「うん、」 「みんな幸せそうだって言ってたよ」 よかったね、と髪を撫でる手はあの頃よりも大きいはずなのに、酷く弱々しい。 「…だから、もうここには来ちゃいけないよ」 「…え」 「僕は、名前の幸せを壊したくない」 「そん、な…こと、」 そんな事はない、と言葉が続かない。 毎日のように会いにくれば、きっと私にも労咳が移ってしまう事を総司は心配しているんだろう。 そして私が総司を選んでしまうことも。 「名前が約束を守ってくれた事、本当に嬉しかったよ」 「…わた、し」 やっぱり総司が好きだという言葉をぐっ、と飲み下す。 きっと、彼が望んでいる言葉はそんなものではないのだ。 「…幸せ、だよ。総司のおかげ」 「名前、」 「…ありがとう」 それから数ヶ月後、総司が息を引き取ったという連絡が届いた。 私の日常は泣き暮らす暇もなく、通り過ぎていく。 春には新しい命も誕生する予定だ。幸せ、幸せなんだ私は。 だけど、だけど…。 幸せは私を裏切り続ける (いっそ貴方と死ねたら幸せだったと、) (願う事も許されない不幸) |