58:【今の自分の気持ち】
船はどんよりしていた。
「え、何か空気が重い」
キフリがぼやく程に空気が重かった。活気がない食堂にて。
滅多にない事である。どうしてこんなに空気が重いのか。
「おいお前等どうしたんだよ」
「あー?何がだよ」
「何でそんな沈んでんだって聞いてんだよ」
「分かんねー」
「ハァ?分かんねーって、何だよそれ」
「分かんねー」
「腹立つわ」
キフリは諦め朝食を摂った。
「あれ、ひずにが食いながら寝てる・・・?」
「とうとうそこまでエース隊長に似ちまったか」
そんな会話が聞こえ食堂を見回すキフリ。見つけた先には確かに食器の中に顔を突っ込んでいるひずに。それを驚いた様子で起こそうとするエース隊長。あ、エース隊長も寝た。
「(マジ似てきたなあの親子)」
仲良く食器の中に顔を突っ込んで寝ている2人を見て笑みを浮かべるキフリ。そこに向かい側にマルコが座った。
「何笑ってんだ」
「いやエース隊長とひずにですよ。とうとうあいつも飯に顔突っ込んでますよ」
少し吹き出し加減に言う部下にマルコも目を向けたが生返事をする。
生返事など珍しいと思いキフリはマルコに尋ねる。
「どうしたんですかマルコ隊長。何時ものキレがないですよ」
「あー・・・。何でもねェよぃ」
「何スかそれ」
何か聞きたそうな顔をしているくせに止めるマルコを、訝しげに思いつつ食事を進めるキフリ。
マルコも黙って食べていた。
『ぶはっ!あ、あれ!?寝てた?』
「ひずにお前やっぱりエース隊長の娘だな」
「立派になって」
『いやいや殴るぞコラ。つか顔がベタベタやー誰かおしぼりか何かプリーズ』
「ほら」
『おっ!サンキュ、!』
見かねたキフリがおしぼりを渡したのだが、キフリを見るやいなや距離をとる様に離れる。隣にいたエースを忘れていたので勢いよくぶつかり長椅子から落ちた。
「うんっ?」
『あだっ!;』
「おい、何してんだよ」
頭から落ちたひずにを腕を引っ張り起こそうとするが、伸ばされた腕にひずには避ける様に転がると自分で立った。
「あれ?寝てた?」
『そそそうだよエース!何寝てんの!』
「悪ィ。何か拭くものくれー」
この一連の状況にキフリは眉間にしわを寄せひずにを睨む。
「おいコラ。俺の厚意を何かわしてんだ」
『えっ、や、キフリの手なんぞ借りずとも僕は立ち上がれるのだよ!』
「あーあー分かりましたよ。全く・・・」
溜息を吐きながら腰に手を当てたキフリ。
それを見てひずには呟く。
『・・・・・・ゴメン』
「!!?」
え、今なんつったコイツ。謝った・・・!!?
キフリはさっと口元に手を当てた。
「おええええ!!」
『んだよテメェ!何で吐くマネなんかしやがったコラァ!』
「いや気持ち悪っ!お前が謝るとか気持ち悪っ!!キモッ!!」
『ぶっ飛ばすぞゴラァ!!せっかく夢の事っ、・・・』
「は?」
聞き捨てならない事を聞き詰め寄るキフリ。
「見たんだな?どんなだった?」
『あー・・・えーっと、うん、うん?』
「はっきりしろよ」
「待てキフリ、先に俺の話を聞いてくんねーか」
「なんスか」
エースが顔を拭きながら割って入る。
「今から父子面談始めます」
「何それ!?」
突然の意味不発言のエースにバシッと突っ込まざるを得ないキフリ。
「ほら!キフリのお父さんも来る!」
「ぶっとばすよぃ」
エースが手招きしてマルコを呼び、エースの後ろに隠れる様にしていたひずにを引っ張り出し、
「理事長室に行きます」
『どこそこ』
何その学校設定。
行き着いた先は予想通りの親父の部屋である。
「理事長は俺達の問題を見ててくれるからな」
「もういいよぃ。その設定」
「あの、マジ訳分かんないんスけど」
『エース、もう恥ずかしい』
「泣」
エースはぐっと涙を抑えつつ理事長(親父)の部屋をノックする。
「入れ」
「失礼します」
『(親父は理事長の役とかやってねー)』
入ってみるとナースの姿はなく親父だけだった。親父が追い払ったらしい。
向かい合う様にちゃんとテーブルとソファが・・・っていつの間に用意したのだろう。
「座れ」
エースとひずに、マルコとキフリで両方向かい合わせに座る。
「・・・全く、お前等のせいで船全体が空気重いんだ。早く終わらせろ」
「えっ、だからだったの?」
『理由ェ・・・』
「まず、だ。キフリがひずにを拉致監禁したことにつ「まずキフリ、お前の考えを聞かせろぃ」・・・スルースキル発動された・・・」
『・・・・・・(エースざまぁ)』
「俺の考え?」
「お前が自分の記憶について今必死になってんのは分かる。キフリ、仮に記憶を取り戻したらどうする?」
「そ、りゃあ・・・」
キフリは少し戸惑った様にだが、話し始める。
「・・・記憶は戻したい。俺がどんなやつでどこに住んでたとか、俺の事を知りたい。とりあえずそれが第一なんだ」
「それで?」
「記憶が戻ったら、俺・・・。
・・・分かんねェ」
『・・・何で?家族の元に戻るんでしょ?』
「考えた、つったろ?分かんねェんだ。記憶が戻ってからじゃないと。考えたんだけど結局どうなるか、分かんねェ」
『そっか・・・』
少なからず内心でほっとしたが、でも不安は拭えないひずにだった。
まだ船を出て行くと確定している訳ではないのだ。でも、もし出ると決めたら・・・?
「ひずに、お前は?」
『僕・・・?』
「お前のなんかしらの事でキフリの記憶は戻るみたいなんだろ?用はお前次第って事だ」
『どういう意味?』
「だから、お前の気持ち次第でキフリの記憶は戻すことも、一生戻らない事もありなんだよぃ」
『僕がキフリの記憶を戻さないでいると思ってる、とでも?』
「ちょ、マルコ!お前っ、」
「座れエース」
「、・・・」
親父に制されエースは黙って座る。
返ってひずには冷静なままだった。
『マルコ隊長は戻してほしいんでしょ?』
「キフリだって戻したいって言ってるからな」
『僕は、どっちでもいい』
「・・・どういう意味だ」
ひずにの言葉にピクリと眉を動かすマルコ。
『でも、キフリが戻したいって言うなら、協力はする』
「・・・ひずに」
『だけど、・・・』
「「「・・・?」」」
言葉の続かないひずにを待つ4人。
『・・・・・・‥』
ひずにの口がわずかに動く。
わずか過ぎて全く聞き取れなかった為、エースは聞きなおそうとした。
「? もういっか・・・!?」
ガタンッ!
「お、おいひずに!!」
突然、ひずにはソファを倒す勢いで立ち上がると部屋を飛び出した。
「どうしたんだよぃあいつ・・・!?」
「ひずにー!?」
親父を残し3人は後を追いかける。そのまま甲板に出るとひずには飛び立とうとする。
『ゴメンっ!ちょっとほっといて!』
勢いよく今の気持ちを払拭するかの様に空に舞い上がったひずにを、ただ見上げるしかなかった。
「・・・夜遅く、ひずには言ってたんだ」
静かに喋りだすエース。
「ひずにも元の家族の所に帰りたいって思ったって。だから、その痛い気持ちを知ってながらキフリを止めるなんてできないって事。
でも、ひずには言ったよ。ここは帰れる家族の場所で、俺達は家族で、大切な場所だって。
お前が、キフリも皆がいるところが」
「・・・・・・」
黙ったまま、青空に映る白に目をやる。
記憶が戻ってからどうなるなんて不確定多数の未来に頼って、ひずにの気持ちを掻き乱しちまってるのは自分のせい。
今の自分の気持ちは?今の自分は?ひずにはもう答えを出している。
「・・・!おい!ひずに、降りてこい!」
マルコの大声ににハッとなるキフリ。
「どうしたんですか!?」
「見ろ、アレ・・・!!」
もう一度空を見上げると向こうから黒々とした雲が流れてくる。
船が揺れだす。
雷電の音が轟く。
「嵐だーーっ!!」
航海士が大声を張り上げる。途端に船上は慌しくなる。
「おいっ!!ひずにーー!!!」
エースが大声を張り上げる。見る見る内に嵐は迫ってきていた。
さすがのひずにも声には気付かずとも嵐には気付いた。急いで船の上に戻ろうとする。
だが強風のせいで上手く進行が取れない。
「おいやばいんじゃ!」
「俺が行くよぃ!」
「あの様子じゃ上手くひずにに辿り着けねェ!下手したら海に落ちるぞ!」
ぶわわわっ!と突風が吹く。その勢いにひずには押され、マストにぶつかった。
ひずにの背中から翼が消え、落下し始めた。気絶をした様だった。
「! バッカヤロ!!」
キフリは猛ダッシュでひずにの落下地点に行く。
間 に 合 え ・・・ !!
「っあっっ!!」
キフリは何かに足が引っかかり勢いよく滑り倒れる。
―ゴッ!!!
「!!!??」
パッと目の前に火花が散る。真っ白になる。
キフリは遠くにエースやマルコの声を聞いたのを最後に意識を飛ばした。
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