三年前、勇輝が白昼に寝ているときに起こった。
この日は、母親と大輝は出掛けていて、父親と勇輝だけである。
「勇輝、勇輝?」
「……お父さん?」
目を擦る。
「眠いのにごめんね。でも勇輝、これは夢だ、夢なんだ」
「ん〜」
暗示をかけるようにそう言うと、そうなんだと安心して寝ようとした。
「可愛いなぁ勇輝」
だけど、父親が唇を塞いでくるもんだから、苦しくて呻く。
「騒いじゃ駄目だよ?」
「ん」
大好きな父親の言うことは、素直に聞く勇輝である。
「……」
「はぁっ勇輝」
口の周りが父親の唾液でべちゃべちゃになって、気持ち悪いと思った。
「とうさっ苦し……んっ」
「勇輝、これは夢なんだ、苦しいなんておかしい事を言うんだな」
父親に言われるがまま、そうなのかと勇輝は思った。
「本当可愛いなぁ」
勇輝の寝間着のボタンに手をかけて、上から外してゆけば、皺も傷も汚れもないすべすべの肌が現れ、目を奪われる。
「可愛い、可愛いよ」
素肌に直接触れて、ある一点に手が止まった。
「膨れてるけど、蚊にさされたのかな?」
「?」
尖りをひと撫でする。
「くすぐったい」
小さな豆を摘むように、コリコリと遊ぶと、勇輝は笑いながら身を捩れさせた。
「勇輝、俺の勇輝」
父親の思惑を知らないで、笑う息子がたまらなく可愛いくて、自分の手で汚したくなる。
笑い疲れ、大人しくなった勇輝のズボンに手をかけたときだった。
「!?」
父親は気配を感じて振り返る。背後に立っていたのは、自身の息子の大輝だった。
用事が早く終り、帰って来たのが幸い……父親からすれば最悪なのだろうが。大輝自身、自分の目を疑った。
「何してる、クソ親父――」
勇輝は、大輝が見付けた頃には完全に寝てしまっていて、この日の事は忘れてしまい、その後の事も、勇輝は何も知らないまま、数日後に両親は離婚をして、勇輝と大輝は母親が一人育てる事になった。
勇輝には事情も知らされないまま、もう帰って来ないと聞かされ、大好きな父親がいなくなったショックで寝込んでしまう。
理由を知りたかったが、母に聞いても、誤魔化されたり、邪険にされてしまうので、頼りである大輝に聞いてきた。
「にいちゃん、お父さんは帰って来ないの?」
理由を知らない勇輝からすれば、当然の質問だ。だから、大輝は悟られないよう、落ち込みながら答えた。
「残念だけど……。でも、今度は俺が代わりだよ、だから元気出して?」
その言葉でかは分からないが、勇輝は元気になり、笑顔を取り戻していった。が、災難というものは度重なるものである。
次第に母は勇輝に当たりが酷くなってゆく。……それは完全に女の嫉妬だった。
お前が父親をたぶらかしたんだ。お前の所為で父親が出て行った。お前を産まなければ良かった。お前が私の子なんておぞましい。
と、何かにつけて罵声を浴びせてくる。
そして、勇輝は泣かなくなった。
「勇輝?」
小さな足が重たい鎖を着けているかのように、大輝に近付いてきた。
「僕はいらないのかな?」
その日の勇輝は、今まで以上に暗く、目に光がない。自分の親に見捨てられてしまっては生きていけないと、本能で感じているのか、いつもなら泣いているものの、数時間後には表情は戻っているのだが、今回は違った。
「急にどうした?」
「お母さんにどうしようもない子だって。誰の子か分かんないって、それでね――」
どんな難しい言葉の罵声より、自分の欠点を指摘された、その母の一言は効果覿面だったのだろう。……一番の原因は、母の泣き虫は嫌い、泣くしか脳がないダメな子という発言だ。
その一言で、勇輝は泣かなくなってしまった。そんな事で弟の感情を失ってしまうのは、悲しかった。
「そんな事ないよ? 俺は勇輝を凄いと思ってるんだ」
「……どうして?」
「皆から何を言われても、言い返したり、手を出さないし。母さんに小言を言われても嫌いってならないだろう?」
少しして頷く。
「俺だったら今頃、勇輝とは逆の事をしてると思うから、凄いなって」
自分のしている事が凄いのか分からない、といった顔をしている。
「せめて我慢しないで、泣いても良いんだよ」
「に、ちゃん」
それでも、涙は出なかった。
どうして皆は弟を分かろうとしないのか。こんなに優しくて素直で、可愛いのに。
「今日は一緒に寝よう? 母さんには内緒で」
優しい言葉をかけると、今まで以上に俺になついて、俺だけに笑顔を向けるようになる。
俺の弟は可愛い。
2012.07.13 完成