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赤い舌


放課後のざわついた教室。俺はゆっくりとカバンの中に教科書を突っ込んでいく。隣に座る上原はただ静かに何かを書いている。もうすっかり見慣れた光景だ。


上原がいつも持っているもの。A4サイズの400字詰め原稿用紙、ポラロイドカメラ、味気ない茶封筒。


俺が上原について知っていること。上原夜一(ウエハラヨイチ)という名前。昼は大抵購買のメロンパンと焼そばパンとコロッケパンそしてコーヒー牛乳。シャツの下には原色のTシャツ。ちなみに今日は紫。傷んだパサパサの髪の毛は茶色。咽喉が痩せた猫みたいに細い。そして全体的に痩せている。


「田上ぃ、カイダンってどんな漢字だっけ?」
「カイダンってどの?」
「カイダンつったらカイダンだろ」


怪談、階段、会談、下位段、ルーズリーフの端に思いつく限り(とはいっても4種)のカイダンを書いて上原に渡す。


「あー、これこれ階段!さんきゅー」


ルーズリーフを見て上原は笑う。そして原稿用紙に文字を書き込む。


「上原いつも何書いてんの?」


一ヵ月前の席替えで同じ席になって以来、上原からたびたび漢字を聞かれる俺は気になっていたことをやっと口に出してみる。


「手紙だよ」


上原があっさりといった言葉は予想通りといえば予想通りで、意外といえば意外だった。封筒持ってたし。だけど実際聞くまでは信じがたいだろう?こんなに傷んだ毛先で、手紙とはなんて古風な。見かけで人間を判断してはいけないとはいうけれど。


「メールじゃなくて手紙って珍しいな」
「ばあちゃん携帯なんて持ってねぇもん」


それに老眼ひどいから読めねぇよ。そういって上原はマス目を埋めていく。


「ばあちゃん?」
「おー。俺進学で島から出てきたヒトだけん」


意外だった。はっきりいってチャラい見た目の上原が優しい声でばあちゃん、なんていうのも。俺とは違う言葉の訛りも。一ヵ月も隣にいたのに知らなかった。そんなの。


上原は島から出てきたためアパートに一人暮らししてること。島にはばあちゃんが一人で住んでること。ばあちゃんに字が汚いといわれること。原稿用紙に字を書くと少しきれいに書ける気がすること。大きくはっきり書いた字はばあちゃんにも読みやすいこと。などなどいろんなことを話した。たまに上原が漢字を聞いてきて、俺はルーズリーフに漢字を書いた。


「俺さぁ上原が好青年でびっくりしてんだけど」
「別にコウセイネンじゃねぇし」


上原は書き終わったらしい手紙を丁寧にたたんだ。指まで痩せてんだなぁ。俺はそんなことを思う。


「あ、そうだ。写真撮ろうや」
「は?」
「ばあちゃんが風景ばっかじゃなくてたまには俺の写真入れろっつーんだけどさぁ、自分撮りってむなしいんよー。分かるっしょ?」
「じゃあ俺が撮ってやるよ」
「やだ」


ほらほら夕焼けもいいカンジやん?わけのわからない理屈をいう上原に腕を引っ張られて窓の外の夕日をバックに写真を撮った。笑え笑え、という上原の髪が首にちくちくと刺さる。上原のシャツから洗剤の匂いがして、こいつマメに洗濯してんだなぁと感心する。


「田上すげぇマヌケ面!」


笑う上原と出来上がった写真を見て取り直しを要求する。そしてもう一度パチリ。


「田上今度は決めすぎー!」


笑う上原。写真の中には妙に生真面目な俺。


「もういい。俺がシャッター押す!上原の腕が悪い!」
「もういいじゃん!どうせ見るの俺のばあちゃんだけだっつーの!」


上原の手からポラロイドカメラを取り上げてパチリ。


「田上ずりぃ!俺の顔が変!」
「どうせ見るのはおまえのばあちゃんだけなんだろ?マヌケ面のほうが見慣れてていいんじゃね?」
「田上ってマジメな奴かと思っとったけどヤなやつだな!」


結局、上原は茶封筒に手紙と3枚の写真を入れて封をした。俺の写りが悪い写真は外せといったものの、ばあちゃん相手に色気だすなと拒否された。そういう問題じゃない。


「あー。腹減った!田上なんか食って帰ろーや」
「写真のモデル料としてマックおごれ。3枚分でバリューセットな」
「うっわ。がめつぅ。ダンコキョヒするっつーの」


ぺろりと切手を舐めながら上原が笑う。ちろりと赤い舌が見える。切手を舐めるようにその舌を舐めたいと思う俺が当然のようにそこにいて、心臓がどくりと鳴った。首に刺さった上原の髪の毛に一体どんな毒が仕込まれていたのだろうか。心なしか首がむず痒い。掻いても掻いても治まらない。止まらない。血がどんどん身体を循る。


「田上?首赤くなっとるよ」
「大丈夫。痒いだけだし」


上原は俺の首に指先で触れた。虫に食われたりはしとらんみたい。けど熱いな。上原はいう。ばあちゃん、というときの優しい声で。


「あんまり掻きんさんなや。よけい痒くなるし、血ィでそう」
「言われなくてもそうするし」
「ハハッ!田上って口悪ィなぁ」
「うるさい。さっさと行こうぜ」


もう掻いてもあがいても無駄だ。毒は回ってしまった。どうしたらいいのかどうしたいのか俺はさっぱりわからない。それでも不思議と笑いながら上原と並んで歩く。俺たちは夕焼けを背負いマックへと向かった。




080810:梅原





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