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3万打記念
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街路樹の隙間から光が漏れる。ヒラヒラと舞い落ちるように差し込む日差し。その日差しを斑に受ける手塚の横顔を僕は見上げていた。微笑みを張り付けて、泣きたい気持ちを押し殺した。例えば君の手を握る事が出来たら、その唇を奪う事が出来たら、なんて出来もしない願望が宙に浮いて消えた。
今日は手塚がアメリカへと旅立つ日。テニスプレイヤーになるためまた一歩踏み出す手塚の門出。何度この日が来なければいいと願っただろう。何度手塚が日本にいてくれればいいと望んだだろう。どちらも僕が自己中心的に考えた真っ暗な欲望だけれど。手塚と一緒にいたければ自分がアメリカに行けばいいだけの話なんだ。それが出来ない力ない子供のままの自分に嫌気がさす。

「手塚。」
「なんだ。」

特に意味もなく名前を呼んだ。いつも遠くを見つめている漆黒の瞳を少しだけ自分に向けたくて。きっと永遠に手塚は未来を見続けるのだろうけど。たまには振り返ってみてくれたっていいじゃないかって思う。なんて、また欲望の闇。

「僕はね、ずっと君を特別視してたんだ。テニスでも、私生活でも。」

さらりと出てきた言葉。そう、ずっと高い高い所にいる手塚は、いつだって太陽の光を浴びて眩しかった。そして先が真っ暗で見えない僕の道を照らしてくれたんだ。それはまるで、

「まるで、高い、灯台のような存在だった。」

なんて詩的な台詞だろう、なんてもう一人の僕が呆れたように呟いた。けれども僕にとって手塚はそれそのもので、だからこそ愛しかった。眩しいから独り占めしたかったんだ。愛しいか手放したくなかったんだ。だけど、それも今日まで。手塚は世界へと挑む。手を離す時が来てしまったんだ。

「ごめんね。君を、ただの仲間だと見ることが出来なくて。対等の存在だと認識することが出来なくて。」

見上げたそこにはいつもと分からない表情。けれどそこに隠れた困惑の感情。何を口にしたらいいかわからない、とそこから読み取れる言葉。
そんな時タイミング良くバスがやってきた。別れの合図。僕らの会話はそこまで。手塚は何か言いたげにしていたけれど、一度足を進めるともう振り返る事なくバスに乗車した。



随分小さくなったバスを見つめる。これが本当の別れ。結局「好きだ」という一言も言えないまま、ひとつの恋は終わった。自然と笑いが込み上げてくる。なんてバカなんだろう僕は。無理矢理に手塚を自分のものにする事だって出来たのに。キスをして、抱いてしまえば手塚は僕のものだと言えたのに。
ひとつため息を付いた。バスはとうに見えなくなっていた。

「…………?」

ヴーヴーという着信音が聞こえて何も考えずポケットから携帯を取り出した。パカリと携帯を開いて受信したメールを読む。

「……手塚もバカだね。せっかく諦めようとしたのに…。変えたって君にはちゃんと教えるよ。」

目頭が熱くなった。ぐっと溢れるものを抑えて、携帯画面はそのままで携帯を閉じた。






メールアドレス、及び電話番号は俺が帰るまで変えないでくれ。
手塚


追記、もしも俺が日本一になったらあの場所で一番にお前に会いたい。



僕は君を応援し続けるだろう。そして数年後、大人になった君に、僕らが懸命にテニスをした青春学園のテニスコート。空に近い時計台という校舎をみながら笑い会うのだろう。そんな未来を信じて、僕は帰路についた。



Fin.


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