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3万打記念
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飽きるほど見上げた空は今日もどこまでも青い。小学校時代だったら形を物に当てはめていたであろううっすらと浮かぶ今にも消えそうな雲。青い空の装飾品。神が造りたまいし自然の一部。

病院の屋上から空を見上げながら、そんな下らない事を考える。暑さにやられたのだろうか、ちょっと叙情的になってみたくなっただけだ。それ以外のなんでもない。なんて強がってみるが、やはり精神的にも追い詰められているのは自分が良く分かっている。人生初の手術。その日は確実に、刻々と近づいてくる。瞳を閉じるとリアルに感じる生暖かい風が、まだお前は生きている、と告げる。

「またこんな所にいたのか。」

唐突に声を掛けられて、それでもその声の主など分かりきっていて、ゆっくりと目を開いた。

「お前こそ、またこんな所に来たのか。」

からかうような言葉を口にすれば、眉間の皺を増やして心外だと言わんばかりの表情。それでも冗談を冗談として受け取れないのが真田の良いとこだ、とも思うのだから惚れた弱みというのは怖いものだ。

「明日、必ずトロフィーを持ってここへ来る。待っていてくれ。」

明日は関東大会の決勝戦。もうそんな日かと、幸村はどことなく思う。長い時間部活に顔を出していないのだと、その時間の経過を教えられる瞬間だ。そんな長い時間が経ちながらも部長という席を空けたまま帰りを待っている人間がいる、それは幸村を焦らせる原因でも勇気付ける原因でもある。

今はそうではなくなったが、入院した当初は大分前者が強かった。そして今まで作り上げてきた自分の立場が自分を苦しめたのだった。

「神の子・幸村精市」

神の子だなんて大概可笑しいあだ名で呼ばれるようになったのはいつだったか、そんなものもうとうに忘れてしまった。それでもその名前を不愉快だと思った事なんて一度もないし、むしろ気に入っているのかもしれないと思う。今ならば。入院した当初は「あの神の子・幸村精市が」という噂話が気にくわなかった。勝手に神化して考えられて、所詮他人事だと鼻で笑われ。なにが神の子だ。なにが神に選ばれた男だ。今持ち合わせる力は努力の結果であって、自分の力意外の何者でもない。

そんな事ばかりを考えていた。毎日毎日。そんな絶望の淵から救い出してくれたのが真田だった。毎日見舞いに来てくれた。他愛もない話を繰り返し、拒絶されるのを覚悟で稀にテニスの話を持ち出し、待っている、と告げた。もちろん初めはうざったくて仕方がなかったのだが、いつしかそれはこんなにも愛しく思えるほどのものになっていた。

「あぁ、期待せずに待ってるよ。」

くくっと喉の奥で笑ってやればまた不機嫌な顔。理由を分かりながら真田が待ち望む答えを言ってやらないのは性分というやつだ。仕方がない。冗談だよ、と見上げたらため息を付く真田。読める行動ばかりする真田に苦笑が漏れた。

「なぁ、真田。」

生暖かい風が吹く。声もなくこちらを見下ろしてくる真っ直ぐな瞳に視線を絡ませて、けれど長く真っ直ぐに見つめ返すことができずに視線を空へと戻した。その言葉の先を告げようとしない事を不思議に思ったのか聞き返してくる真田。少しの間を置いて目の前のフェンスに手を掛けた。

「手術が成功したら伝えたい事があるんだ。」

聞いてくれるか?なんて、真田なら断る訳なんてないのに聞いてしまう。無論だ、という即答に安心したのは言うまでもない事実。

もしも再びコートに立つことが出来るのならば、真田の隣に立つことが出来るのならば、この気持ちをはっきりさせなければならない。しっかりとケジメを付けて、また立ち上がりたい。一番苦労を掛けさせた、真田に、伝えるべき思いがある。

もしも僕が神に愛されているというならば、どうかこれからも真田とテニスが出来るように。

真田もテニスも欠けない未来が築けるように。

これがテニス関連で初めてする神頼み。
これから待ち受ける試練に立ち向かう心構え。

お互いに、プレッシャーに打ち勝つ時だ。


もう、迷いはない。



Fin...



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