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「不二君。」

凛とした声に不二は振り返った。立海大学付属高等学校の屋上。晴れ渡る空。声の主――柳生比呂士は不二が振り返ると小さく微笑んで見せた。

「何を見ていたのですか?」

問い掛けるも不二からの返事はない。代わりに視線を向ける。そこにはひとつの教室があって、キャンバスに向かって絵を各人物の姿。

「あぁ、幸村君ですか。」

不二と幸村が付き合っているという事は元立海中テニス部の人間であれば誰でも知っている事実だ。そもそも不二が立海に編入してきた理由が「幸村の側にいたいから。」というものだと聞かされた時は誰もが面食らったものだ。不二が立海に来て二年、それは早いようで短い時間だったと思う。それでも柳生を含め、立海付属高等学校に通う人間は「不二周助」という人物を受け入れている。そこにいるのが当たり前かのように。青学に通っていたことがむしろ嘘だったのではないのかと思わせてしまうぐらい今では自然な存在だった。

そんな事を考えていると不二は唐突に手を振った。不二の視線に合わせて柳生も視線を向けるとそこには幸村がこちらに向かって手を振っていた。否、きっと不二に向かって手を振っているのだろう。そしておもむろにポケットから携帯を取り出して何かを打ち初め、再びこちらに向かって笑みを向けた。

少し遅れて柳生の携帯のバイブ音がポケットの中から響く。取り出して確認してみればそこには「幸村精市」の文字。文面を見た柳生は苦笑を漏らしてそれを不二に見せてやった。すると不二はとてもとても嬉しそうに微笑んだ。文面は、「俺の周助に手を出すなよ。」の一言。

「全く、何を言うんですかね。あの人は。」

ポツリと呟いた声は誰に聞かれる事なく空に消えた。柳生はただ幸せそうな二人がいればいいと思い携帯を閉じた。












「ふーじ。」
「……っ!」

教室に帰った不二の後ろから唐突に抱きつき声を掛けた。不二の後ろには銀の髪を揺らめかせる悪戯な妖笑。同じクラスの仁王雅治である。

「どこほっつき歩いとったんかのぅ?」

にやりと腹の内を探るような言葉に不二は困ったように微笑みながら上へと指を刺した。

「まーた幸村の事見にいっとったんか。まぁ、大体予想はついとったが、授業サボってまで行く場所かの?」

からかうような言葉。すると不二は机の中から一冊のノートを取り出しそこに文字を綴る。『柳生もいたよ。』と一言。

「なんじゃ、あいつもサボりか。優等生面しとる癖によくやるのぅ…。」

自分なんかサボってもサボらなくても教師から目をつけられているというのに、そんな言葉をボソボソと呟く仁王に不二はまた小さく笑って見せた。声はないまま。そしてまたノートに綴る文字。『髪色直したら?』という悪態。強気な言葉に仁王は言葉ないまま不二の髪をわしゃわしゃと撫でた。絶対それはごめんだと言うように。

不二とこうやってノートで会話をするようになって早二年近くになろうとしていた。立海にきた当初、不二とはまだ声を使って会話をしていた。しかし、ある日、突然不二は声が出なくなった。精神的ストレスによるものらしい。治る見込みも、なった原因も曖昧にする医者に腹を立てたのは皆同じだった。それでも今もこうして笑っている不二を見ると仁王はとてつもない安堵を感じる。

「そうじゃ、参謀から連絡があってのぅ。また今度飯でも行こうっつっとたぜよ。」

参謀――柳蓮二は立海大学付属工業学校の方へ進学した。柳同様にジャッカルもだが。そして柳やジャッカルとは頻繁に連絡を取り合っていてたまに食事に一緒にいくのだ。元は立海中のテニス部のメンバーで集まっていたのだが不二が居てもなんの支障もないだろうという幸村の提案(我儘ともいう)を受け入れて今では不二も参加している。

「仁王ーー。教科書…、お、不二。やっぱ不二でいいや。古文の教科書貸してくんねぇー?」

そこに勢い良く入ってきたのは丸井ブン太。丸井は不二の前に立つ仁王をひょいと退けて不二に満面の笑みを向けて手を差し出した。不二は仕方ないな、と古文の教科書を机の中から取り出し丸井に差し出す。

「おい、お前さん。俺に借りに来たんじゃないんか。」
「いや、だって不二の方が教科書に綺麗にポイントとか書いてあるじゃん?」
「お前…。」

そんな二人のやり取りを見ながら不二はまた笑いを零した。丸井がこうして教科書を借りに来ることはそう珍しいことでもないし、その度こうやって仁王と丸井でおちゃらけた事をしていることも同様である。そんな情景が楽しくて、不二は笑みを絶やすことはない。それぐらい三人の空間は三人にとってとても心地の良いものだった。

そんな三人の空間を破ったのは小さな着信音。その携帯の持ち主は不二。携帯を開いて確認すると不二は困ったような、それでいて嬉しいような笑みを浮かべて仁王と丸井に画面を見せる。

「なんじゃ、お盛んかのぅー。」
「お前の頭はそういう発想しか出来ねぇのかよ。」
「健全なだけじゃよ。」

不二の見せた画面には幸村からのメール。内容は「次の授業サボって俺と屋上でデートしよう。」という内容だった。不二は置いてあったノートを机の中にしまい。席を立つ。

「んじゃ、ごゆっくり。」
「教科書後で机の上に置いとくな。」

不二はそんな言葉を背中に感じ手を振り教室を後にした。

「なんだかあいつら見とると羨ましく思えてくるな…。」
「なん?欲求不満か?」
「ちげーよ。馬鹿。」

そんなやり取りをしながら仁王は自分の席へ、丸井は自分のクラスへと帰っていった。















「不二。」

屋上へ向かう途中、名前を呼ばれて不二は足を止めた。

「どこへ行くのだ?授業はもう始まるぞ。」

不二を呼んだのは真田弦一郎。眉間に皺を寄せて不二をじっと見つめている。不二が本当の事を話したらきっと怒るだろう、などと感じながらも不二は携帯を取り出し、文字を打ち込む。

『精市に呼ばれて屋上に行くところ』

先ほどのメールを見せたらきっと「デートなどたるんどる!」などと怒鳴られるだろうから、多少はオブラートに包んだつもりだ。それでも真田の機嫌のベクトルの向きが同じことは確かで、眉間の皺がまた少し深くなったかのように思う。不二は行かせて欲しいとでもいうように苦笑を浮かべながら真田を見上げた。

「全く、授業が始まるというのに…。さっさと用を済ませて速やかに教室に帰る事だ。」

しかし返ってきた言葉は意外な言葉で、不二はお礼をいうように笑みを返した。

「だが、お前は別だ赤也。さっさと自分の教室に帰らんか!」

その声と同時に顔を出したのは切原赤也。一つしたの学級の切原がここ、二年の廊下にいることは不自然で、向かう先は不二と同じく、もしくは他であったとしても理由は同じだろうと思う。

「えええ!なんで俺だけ別なんッスか!ずるい!不二さんばっかずるいっすよ!真田副部長!」
「もう副部長ではない。」

そんなやり取りを見ながら不二はそっとその場を後にした。心の中で「ありがとう。切原。」などと呟きながら。

















「周助。」

屋上へ向かうとそこには不二の求めた微笑みがあった。凛とした声。青い空よりも濃い青の髪。真っ直ぐな強い瞳。何もかもが不二を捉えて離さない。この人の為に編入してきたのだ。選択は間違っていなかったと実感する。

「周助。おいで。」

手招かれて不二は幸村の隣に腰掛ける。冷たい風が二人の間を吹き抜けるがそれさえ心地よく感じた。

「周助、最近はどうだい?何も変わらない?」

こくり、不二は頷く。頷いたのを確認すると幸村は嬉しそうに微笑み不二の肩に手を回し、自分の肩に不二の頭を引き寄せた。そして、ぽんぽん、と軽く頭を撫でてやる。

「いい子だね。不二。」

幸村の肩で不二はとても幸せそうに、嬉しそうに微笑む。そしてぎゅっと手を繋いだ。愛しさを伝える為に。愛しているを伝える為に。褒めてくれる言葉が嬉しい。抱き寄せてくれる優しさが嬉しい。微笑み掛けてくれることが嬉しい。幸村の存在が嬉しい。それは狂ったほどの愛情。幸せすぎて涙が溢れる。

「せい、いち…。」

溢した声。すると幸村の表情は一変する。目を見開き、不二を見つめた。涙を含んだ声を確かめるべく不二を肩から引き剥がす。その幸村の行動に気づき不二自身も驚いたように口元に手を当てる。まさか。どうして。見つめ合った二つの青い瞳はしかしすぐに見つめ合う事は許されなくなる。ガシャンと耳障りなフェンスの音。

「痛……ッ…!」

背中に鈍い痛み。不二が痛みに目を瞑る。ゆっくり目を開いたその視界に捉えた幸村の表情に不二は動けなくなる。ガクガクと体が震えて止まらない。

「ぁ、…ごめ、…、」
「周助。それ以上口を開かないでいいよ。」

見下ろしてくる冷たい瞳。そっと腰を下ろして視線を合わせられた。見つめ返したくない。なのに、目が離せない。離すことなど許されない。優しく頬を撫でられる。

「言ったよな。俺の言いつけは絶対だ。」

震えが止まらない不二に幸村は言葉を紡ぐ。頬に滑らせた指先はそのまま顎へと続きくいっと顎を上げさせた。不二が喉をゴクリ、と動かした事を幸村は確認する。

「誰が声を出して良いと言った?お前が声を出していいのは俺の部屋で俺と二人きりの時だけのはずだ。」
「ごめ…、ごめん、なさい…。」

か細く伝えられる謝罪の言葉さえも幸村は冷たい視線で受け流す。そして、顎を掬うのとは逆の手で不二を掴む。不二の喉を。

「……ッーーせ…っ、いち…。」

苦しみに歪む不二の表情。その表情が幸村の心を煽る。しかし不二は幸村に首を締め付けられながらもなんの抵抗も見せない。体を震わせたまま、ただ喉を締め付けられている事を受け入れる。そう、それが不二の示した幸村への愛情。幸村に全てを捧げるという全身全霊の愛の証。

「俺を愛しているんだろう?だったら愛を示せよ。俺以外にお前の声を聞かせるな。俺以外に笑顔を振りまくな。お前の全ては俺のものだ。」

なんて最高の告白だろう。不二にはそうとしか考えられなかった。酸素の回らなくなってきた思考の中不二はただ「幸せ」だけを感じた。そして微笑み涙を流した。

そんな不二の表情を見て幸村はそっと手を離す。そして唇を重ねた。何度も角度を変えて、舌を絡ませ、不二の口内を蹂躙する。数秒間の口づけの後、幸村は強く不二を抱きしめた。そして肩に顔を埋めた。不二の震えは既に止まっていた。代わりに震えるのは幸村の体。

「ごめん。周助。ダメなんだ。俺は。周助が誰かと話しているのとか、笑い合っているのとか、耐えられないんだ。今日、屋上に柳生といる周助を見て、どうしようもなくなったんだ。ずっと側に置いておきたい。全部、周助の全部が俺のものじゃなきゃ満足出来ないんだ。」

これが幸村の全身全霊の愛の示し方。愛の証。それならばそれをすべて受け入れようと不二は思う。これが「幸せ」。愛の結晶。

不二はそっと震える幸村の体を抱き締めた。青い空はいつまでも青いまま。気づけば授業終了のチャイムが鳴り響いていた。




次の日から不二は笑わなくなった。理由は、精神的なストレス、だとどこかの医者が言っていた。


fin...


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