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「…あかん…。みつからん…。」

ポケットから携帯を取りだしディスプレイを見れば時間は既に22時を過ぎていて、当たり前に望んだ人からの連絡もなくて、今にも雨が降りそうな真っ暗な空と冬を告げる冷たい風が謙也の焦りを増長させていた。


事の発端は約3時間前までさかのぼる。
不二は謙也の家に遊びに来ていた。「君の過去が知りたいな。」なんて小首を傾げてくる子悪魔的な恋人に逆らえる訳もなく、謙也は小学時代から中学までのアルバムを不二に見せた。

初めは「これはあの時の〜」なんて不二がペラペラとアルバムを捲るのに合わせて説明をしていた。不二もそれを楽しんでいるようで頷いたり微笑んだりしていた。


しかしそれは長くは続かなかった。
不二の手があるページでとまる。それをみて謙也は懐かしげに目を細めた。

「それはな、中2の体育祭の時の写真や。俺のチーム惜しいとこまでいったんやけど、最後のチーム対抗リレーでな、負けてしもて優勝できなかってん。」

恥ずかしいようにしかしその日を思い出しながら謙也は話を続ける。

「しかもチーム対抗リレー出てたんが俺でな。白石がトップでバトン渡してくれたんやけど、最後の最後で俺が、転けてもうて。」

あぁ、だからこんなに泥まみれなのか、というように写真の中の謙也は顔や肘に擦り傷を作っていた。謙也のことだ、猛スピードで走り猛スピードで転倒したことなど不二には用意に想像できた。

「俺のせいやって自分責めてだらしなく泣いて。せやけど白石がな、アホみたいに泣くなや。誰も謙也を責めてへん。とか男みせるような事言うもんやからまた涙止まらなくなってしもうてな…。」


そう言う謙也の表情は少し恥ずかしげだ。短い金の髪をわしゃわしゃと掻きながら少し微笑む。

「懐かしいわ。なんやかんや白石が一番の理解者やからなぁ…。」

「……。」


その台詞で不二が纏う雰囲気が変わったのは一目瞭然で、謙也はしばらく意味がわからないも自分の発した失言が不二を怒らせたと理解するころには不二は謙也の部屋から出ていってしまった。



そして今に当たる。
不二が行きそうなところは全部当たった。それでなくとも不二は大阪の地理はほとんど分からないのだ。財布や荷物は部屋に置いたままだったから東京へ帰るだなんて事はしていないだろう…。

「あーーーーーー!!!!!」

そう考えながらも自分の失言に後悔する。大声で発散できるかとも思ったがそうでもなく漏れるのはため息だけ。

「なにやっとんのや。近所迷惑やで。」
「どうもすんませ……って。うぉお!」

入ってきた第三者の声に喧嘩腰に謝ろうとそちらを向くと思わぬ人物がいてさらに大きな声を出してしまった。

「し、しししし、白石!!」

なんてタイミングだろう。今謙也の前にいる人物は紛れもなく四天宝寺中テニス部部長の白石蔵ノ介で、トレーニング中だったのかラフなジャージ姿で肩にタオルを掛け、今まで音楽を聞いていたであろうイヤホンをはずしながら謙也を見ていた。

「な、なんでこんな時間にこんなとこおんねん!」
「それはこっちの台詞や。不二クン来てるんやろ?近所迷惑な散歩なんかしとったらあかんで。」

うっ…と声を詰める謙也に白石はやれやれと眉を潜めた。そう。いつだって謙也の一番の理解者は白石だ。先ほどいった自分の台詞が胸に刺さる。

「じ、じつはな……。」

困ったように頭を掻きながら謙也は先ほどまでの話をすべて打ち明ける。わざわざ不二が東京から泊まりにきてくれたこと。昔の自分を知りたいと言われたのでアルバムを見せたこと。思わず白石を誉めすぎてしまったこと。そんな一通りの話をぽつぽつ話す謙也。そして話が終わると白石は深いため息をついて一言。


「お前。アホやろ。」

ごもっとも過ぎてなにも言い返せない謙也。紛れもなく不二を傷つけたのは自分で、すぐに追いかければすぐに捕まえられたのに何故か動けなくて、なんて情けない、とうなだれてしまう謙也。そんな謙也をみて白石はまたため息をついた。

「分かってんねん。不二が怒る理由とか…色々…。」

そしてまた独り言のようにぽつりぽつりと言葉を紡ぐ。

「俺やって俺が知らない不二知ってるやつ……例えば手塚とかにな、嫉妬とかするねん。」

うつむき加減で話す謙也の横顔を見ながら白石はただ黙ってその話を聞く。

「やけどな、これからはその手塚のポジションが俺になったらええ、思うんや。」

後ろを向かない前向きな、謙也らしい考え方だ。不二の一番の理解者になろうと、そしたら嫉妬もしないだろうと。そしてそれはきっと不二も同じ思いだったんだろうと悟る。

「そう、思うんや…。思うんやけど。やっぱしんどいんや。好きなヤツに情けない姿みせるっちゅうんは。」

切なげに揺れる瞳からは真実しか見えない、と白石はどこかで冷静に思う。純粋に不二が好きで、だからこそ格好が悪いところを見せたくないという謙也の考えは白石も理解できる。しかし不二の気持ちも理解できる。それは謙也にしても、そして不二にしても同じなんだろうと思う。ただそれがたまたま嫉妬心が表に出てしまっただけで。たまたま愛がから回ってしまっただけで。ただそれだけなんだ。

「俺、情けないぐらい好きやねん、不二の事。せやからせめて不二の前ではいつも笑って元気でなんにも負けへん忍足謙也でいたいねん。」

思わぬ告白に白石は一瞬ばかり驚いたように目を見張るもすぐに困ったような優しい笑みを浮かべた。

「お前、それは俺はどーでもええっちゅーことか。」
「え、……あ、ちゃうで!!!ちゃうって!!」

からかうような白石の言葉を理解すると謙也は誤解だと白石の肩を揺さぶる。ケラケラと楽しげに笑う白石に必死になって違うといい続ける。

「ま、そういうこっちゃ。お互いがお互い思えててええんちゃう?」
「え、ちょい!白石!!」

楽しげに笑いながらも白石は謙也に背中を向ける。そしてじゃあなと手を振ると再びトレーニングに戻るように軽快に走って行ってしまった。

「なんやねんあいつ…。」

ぽつんと取り残された謙也はひとり呟きながらわしゃわしゃと頭を掻く。結局不二の事は聞けず終いだったじゃないかと思いながら謙也が振り向いた。そこで謙也は自分の心臓が一瞬止まったように感じる。ドクン、と大きな音を立てて高鳴る鼓動。

「…………不二……。」

そこには木陰から出てきた不二がいて。困ったような今にも泣き出してしまいそうなその表情に謙也はいてもたってもいられずに不二に駆け寄り抱き締めた。

「やっと見つかったわ…。ほんま……見つからんかったらどないしよう…思ってたわ…。」

そして安堵。謙也から不二の表情は見えないがきっと今は見ない方が良いのだろうと悟る。

「……………ごめん。」

そんな不二から漏れた声は謝罪で。謙也は小さく頷きながら不二の頭をぽんぽんと撫でる。

「ねぇ、こんな僕で本当にいいの?」

続いて紡がれた言葉からようやく謙也は不二から体を離して満面の笑みを浮かべた。

「当たり前や。俺が一番好きなんは白石じゃなくて不二やから。」

笑顔と笑顔がひとつずつ。それを見つめる微笑みがひとつ。
繋がれた手と手に愛を感じて。互いにまだ知らない所ばかりなのだと現状をまたひとつ知って。

そんなふたつの背中を見つめ微笑んだ彼はひとつ伸びをしてからそのふたつの背中に背を向けて再び走り出した。両方の耳にはイヤホン。流れる曲は友の恋の応援歌。



fin.


あきゅろす。
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