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遠くでセミが鳴く声が聞こえる。普段なら耳障りに聞こえるその鳴き声は、まるで遥か遠くで鳴いているようで、体の底から沸き上がる心音というノイズに掻き消されていく。多くの戦友たちが戦う活気の溢れるコートから少し離れた木陰。背中には木のざらりとした堅い感触。したり、汗が頬の上を滑り、落ちる。

遠くから見たらいちゃついているとしか見えないこの状況。太く高い木に押し付けられた白石と、そんな白石の利き腕を掴み木に押し付け、白石を間近で見つめる柳生。しかし切り取られたような空間を白石は体感していた。

「どうしました?」

向けられた言葉はとても紳士的で、けれども向けられた微笑みはとても攻撃的で、そのギャップが心の奥を抉る。

「何を考えているんです?白石君。」
「……っ…!」

捕まれた左腕にさらに力を込められ痛みが走る。ぐっと痛みに耐えるように白石は唇を噛んだ。はらり、と簡単に止めてあった包帯が外れる。
答えを口にしない白石をブラウンの瞳はじっと捉えて話さない。

「…………。」
「………っ…。」

視線を外したら大きな息を吐く音が耳元で聞こえて白石は小さく震えた。左手を掴んでいた手はゆっくりと滑り、解けた包帯の端を掴みするすると白い肌を晒していく。暑い外気に触れて少し涼しさを覚えた。

「期待外れですね。」
「…………。」

呟かれた台詞の意味が分からず顔を上げた。そしてドキリと強く存在を示すように心臓が強く鳴った。
白石を見つめる冷たく射抜くような強いブラウンの瞳。清閑な顔つき。普段の彼からは想像出来ない程の冷酷な表情。半端に解かれた包帯がひらりと風に靡いて視界の邪魔をした。気づけば利き腕は解放されていて、簡単にそれは退ける事が出来た。

「……っ!」

次に白石の視界を埋めたのは近すぎる柳生の顔で、唇に触れた暖かい感覚にただただ驚く事しか出来ない。

ゆっくりと離れていった清閑な顔は、一度白石に焦点を合わせるとふわりと楽しげに、美しく微笑みの形に歪んだ。先ほどよりも煩くなったノイズが鬱陶しい。

「次に会う時にはそれなりの反応を期待していますよ。」

では、と白石に見せた背中は既に紳士そのものでしかなかった。その背中を見つめながら思い出す、先ほどの微笑み。優しく、しかしどこか悪戯を企む子供のようなその笑み。

頬に伝うは生温い涙。

悔しさ。

どうして、なんて聞く余地もない。



どうしようもなく、こんなにも彼が好きなのだ。


彼に出会わなければこんな自分なんて知らなくてすんだのに。


ほどけたままの包帯が虚しくひらひらとなびいていた。

Fin....




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