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懐かしさが募る冷えきった教室に不二は一人いた。外は夕暮れ、教室に溢れるは暖かな紅。それでも教室が冷えきったように感じるのは、きっと誰もいないから。中学を卒業してからもう幾年も経った。何年経ったかなんて不二には分からなかったけれど、ここには何故かつい足を運んでしまうのだった。そう、手塚との思い出が詰まった青春学園には。


放課後の誰も居なくなった、そう、まるで今のようなこんな空間で、不二と手塚はよく外を見ていた。三年間の部活に終止符を打った二人は何をするわけでもなく、外でテニス部や野球部や、他の生徒が居るのをこの高い位置から眺めていて、「また一緒にテニスしたいね」なんて笑いあった。

「いつか、幸せにするよ」だなんで夢見がちな台詞を口にして、そっと優等生を強調するような眼鏡を外して、そっと口づけた。


幸せだった時間が蘇る。今は近くにいない愛しい人。手塚は中学を卒業してからすぐにアメリカへ旅立った。遠く感じた大きな背中に「頑張って。応援してる。」と少しの嘘を交えて手を振った。そして何度か会ったり、毎日のように連絡をとったりしていたが、ここ何年か連絡なんてとってないし、姿を見ることさえなくなった。ただ、通りすがりの人が読んでいたスポーツ紙にたまに載る「手塚国光」の文字だけが虚しく浮き出て見えた。



不二は教室を出てよく手塚と歩いた道を一人、歩き出した。そっと人に見つからないように繋いだ手の温もりなんてもうなくて、空しさに胸がぐっと痛くなる。

「手塚…。会いたいな…。」

ぽつりと呟いた声は誰にも聞かれる事なく宙を漂って消えた。

そしてふっとあるひとつの答えが不二の中で生まれた。会いたいならば会いに行けばいいのだ、と。一人で、今の自分が会いに行っても良いのだろうか、なんて頭の端で考えるも、不二の足は既に走り出していた。

***

ふわり、と冷たい雪が手塚の頬に触れて消えた。空を見上げたそこにはひらひらと舞うような小さな雪が降っていて、やけに今日は寒かった理由に合点がいった。雪なんて何年振りだろう。視界に映る白い粉雪がまるで真っ白な花びらのようで、どうも落ち着かない。

「手塚。」

ふと呼び止められて手塚は足を止めた。聞こえないはずの聞き覚えのある声に手が、神経が震えるのが手塚には分かった。ドクリ、ドクリと血液が流れる音。ゆっくりと振り返ったそこには。

「…ふ…じ……。」

声が震えているのは寒さからじゃない。目の前にいる人物に目を疑った。なぜ、なぜ今目の前にいるのだろう。声が出せないままでいる手塚に不二が困ったように笑みを浮かべた。会いたかったから来てしまったのだ、と言い訳でもするように付け足して。

「もう、何年ぐらい経ったっけ、君と別れてから。」
「……。十年、だろう…?」
「…そっか。そんなに経ったんだ。」

手塚の黒い瞳が揺れているのが不二には分かった。だからこそ不二は笑みを絶えさせなかった。ひらひらと舞う雪が手塚の肩に落ちて消える事を繰り返すのを不二はなんとなしに見つめて、冷えきってしまっているだろう頬に触れようと手を伸ばすも、何に触れるなく再び自分の手を握り締めた。そこでやっと不二は切なさから目を細めた。そして互いに互いが現実を確認する。

「ごめんね。約束破って。」
「いや……。」

首を振った手塚はどこか納得がいかない様子で、それを見て不二は困ったような笑みをまた浮かべた。過去の事実は変えられない。不二にはもう時間がないのだ。

「ねぇ、手塚。ごめんね。」

その台詞でやっと手塚の瞳が不二に焦点を合わせた。手塚の左腕に触れようと伸ばされた白い手は何に触れる事はなかった。 代わりに手塚の腕の線をなぞるように手が動いた。触れている感覚は、ない。

「今度はちゃんと守るから。」

再び悲鳴を上げ始めたこの腕を。存在を代償にして、支えになるから。存在はないけれどずっと役目を終えるまでは側に居ることを誓うから。

「いつか僕に会いにきて。」

手塚の頬を伝う涙。冷たくなった不二が小さな白い花に囲まれていた姿を思い出す。閉じ込めようと必死になって、無理にテニスに打ち込んで、現実を否定した。
それを今正そうと不二は現れたのだと手塚は理解した。


「ねぇ、手塚。愛してるよ。ずっと。」


手塚は触れる事の出来ない不二の手を強く握った。半透明にゆらゆらと揺れる不二の姿。もういかなきゃ、と不二は顔を近づけて囁いた。唇と唇が触れる距離まで近づいて、触れる事なくキラキラという輝きだけが残った。温もりなしに触れていた手も隣にいた存在ももうそこにはなかった。



***


「すまない。遅くなった。」

冷たい墓石の前に立っていた。ここに訪れるまで何年も掛かった。不二が死んでから初めて訪れる場所。
手塚の左肘の異常はもうすっかりなくなっていて、それは不二が側にいるからなのだと、確信がもてた。

「感謝している。お前が後押しをしてくれたこと。」

この前の大会はテニスプレイヤーとして最後の世界規模の大会。優勝という栄光を手に入れて、入れたからこそ今ここに立っていられる。

「不二。」

名前を呟く。お前は今幸せなのかと。

「手塚。」

名前呼ばれる。手塚が愛した優しい声で。


ざわりと空気が震えたのが分かった。振り返ったそこにはやはり愛しい人。ふわり、と抱き締められる感覚。

「おかえり。」


涙が止まらなかった。恋人の死を肯定なんて出来なかった自分を、今更馬鹿だったと思う。そんな自分が心配で不二はどうにもならないループを繰り返していたのだろうと。

「不二。愛している。お前を…。」

そっと体を離されて口づけをされた。暖かな笑みは今でも変わらない。

「ねぇ、手塚幸せになって。僕の事を忘れてもいいから。」

もう大丈夫、とまるでまじないでも掛けるように不二は手塚に触れるだけのキスをした。もう充分に幸せなのにこれ以上の幸せなどありはしないだろう。あるとしたらきっともうあの事故の日に戻らないと手に入らない。しかしそこには振り返らないと決めた。


ざぁっと視界が広がった。天気は快晴。一人で空を見上げる手塚。軋むような肘の痛みが物語の終わりを告げていた。



fin...


という訳で25000hit町乃屋様リクエストの切ない不二塚でした。不二塚です。不二塚なんです(強調)

切ない→シリアスとまた違って甘さを含んだもの
という方程式は天海の中にあるのでこれはこれでハッピーエンドなんだと私は思うわけです(笑)

いかがでしたでしょうか…?
リクエストに沿えたかどうか大変心配です(汗)

煮るなり焼くなりしてやってください←

本当にリクエストありがとうございました!


町乃屋様のみお持ち帰り可



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