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真っ暗な部屋にコツコツと響く足音。瓦礫やら部品やら鉄やら、様々な物が散乱する中を彼──幸村精市は歩いてゆく。鉄臭い室内は無惨な状態なのに、幸村は迷うことなくある一ヶ所に向かう。

「蓮二……。」

幸村が足を止めたのはひとつの真新しい袋の前。『柳蓮二』と書かれた札を見つめ、それを強く握った。そしておもむろに袋を開け始めた。ガザガサとひとつの物を探して。


────ガタリ

「………っ!!」

瞬間、後ろから物音がして幸村はそちらに意識を向けた。まさかバレてしまったのだろうか、そんな思考が幸村の意識全てをそちらに注がせる。
しかし、ぼんやりと見えたシルエットは幸村の予測したものとは違った。銀の髪、金の瞳、飄々とした表情。

「仁王か…。」

ほっと体の力を抜いた幸村は、明らかに安堵を覚えた様子で仁王に笑みを向けた。

「何してるんかのう?」

クツクツとまるでからかうような、子供が子供に向かって悪態じみた事を言うような、そんな口調で仁王は幸村に問いを投げ掛ける。その答えなどお互いに知っているのに。知っているからこそ二人はここに足を運んだのに。

「見るかい…?」

幸村が仁王に手を差し出す。その白い手のひらの上には黒い小さなICチップ。仁王は何も言わずにICチップの上から幸村の手を握った。そして二人はゆっくりと瞳を閉じた。





『fine』






「今日からお前はプレミアムとして働いてもらう。赤也の育成という能力を備えたプレミアムアンドロイドとしてな。」

それが俺が作られて一番最初に告げられた言葉だった。滑稽な話だが人間はアンドロイドに感情を作ろうとしているらしい。そして、それの素質を持ったアンドロイドをついに作り出したらしかったのだ。
しかし、そのアンドロイドには問題があった。感情を作り出したとて、それは限りなく本物に近い偽物。感情の制御が出来ないらしい。当たり前だ。元々あるはずがなかったものが急にプログラミングされた所で、それに対応出来るはずがない。

「そのアンドロイドは赤也という。お前を先輩として慕うようプログラミングしてある。……出来るな?」

「はい。」

出来るか出来ないかなどと言う話ではない。やるしか俺には選択肢がなかった。人間の言葉は絶対だ。従わなければならないものなのだ。だからこそ俺は迷うことなく頷いた。


そして俺の仕事は始まった。頭のきれる仁王の協力を得て。他のアンドロイドには内密らしい俺のプレミアムの『理由』によって全てのアンドロイドのプログラミングは変えられた。俺が一番最後に作られたプレミアムアンドロイドだと言うのに、それは三番目だという架空の事実を作り上げる為に。誰も俺のプレミアムの『理由』を知らないのに、それさえ疑わないように。

ただ幸村は例外らしかった。『神の子』になるために何度も何度も改造を繰り返した幸村にとって、これ以上の改造は危険だという判断が下ったからだ。実際はアンドロイドを総括する幸村が知らないとマズイとかそう言った理由があったのかもしれないが、少なくとも俺にはそう伝えられた。




仕事が始まってどれぐらいたっただろうか。赤也が暴れるのは相変わらずだったが、暴れた後に「後悔」というものを感じるようになり始めた。

「へへっ、またやっちゃいました。」

胸に凭れてくる小さな体は、恐怖を、懺悔を、どうする事も出来ない苦しさを精一杯堪えているようで、どこか俺までもが苦しくなった。赤也の強すぎる感情の周波数が俺にまで影響を与えているのだろう。
近い別れの時を感じながら、俺は赤也の背中を撫でた。「後悔」を完全に覚えたなら、もう少し。もう少しで怒りの感情をコントロールする事を覚えるだろう。暴れる事もなくなる、俺の仕事も終わる。仕事が終われば俺はプレミアムの意味がなくなる。そうなった時、一番簡単な処理法は俺を分解することだろう。ほぼ100%、間違いない未来だろう。
その事実がどこか、寂しかった。だからだろうか、仕事の進行具合が人間が予測していたよりも遅かった。それを精市に何度か咎められたが知らないフリをした。少しだけ赤也の成長を見ていたかった。様々な影響を受けてがむしゃらに『生きよう』とする赤也をもう少しだけ。自分が分解されるまでもう期間が短いのだから。せめてそれだけ。





しかし刻々と過ぎる時間は止まる事を知らない。


そして、ついに俺に「分解」という現実が宣言された。それは赤也が暴れなくなって丁度一年経った日だった。もう大丈夫だ、と人間は判断したらしい。

元々赤也の事は精市に「頼む」と伝えておいた。その二文字しか伝えて居なかったが、きっとヤツなら感じ取ってくれるだろう。本当ならば仁王にも伝えておこうかとも思ったが、仁王は言わずとも感じとるかと思い、止めておくことにした。俺に限ってそんなことはないだろうが、間違って仁王に入れ替わった柳生に伝えてしまったら一大事だ。
そう、頼むと伝えてある。もう俺はこの世にいらないガラクタ。ならば残る理由もない。「一ヶ月後」という宣告を断り、その日直ぐに分解してもらう事にした。


「……赤也。」

明るすぎるライトに当てられて、人間の手術でもするかのような状況下で俺は何故か赤也の名前を呟いた。胸に小さな痛み。備わっていた知識から言葉を選ぶならば、そう、まるで恋だ。アンドロイドに感情などあるはずがないのに。こんなにも赤也が『愛しい』と感じてしまう。赤也の側に居すぎただろうか。それともこれは最後の最後に人間が見せてくる悪戯なのだろうか。
「ではこれから柳連二の分解を始める。」

どこかから響く声が聞こえた。



これで良い。もう後悔などない。


ただ。



ただひとつだけ。




出来るならばもう少しだけ赤也の笑顔が見ていたかった。



***


「…………。」
「…………。」

幸村と仁王は無言のままゆっくりと瞳を開いた。そして仁王は幸村から手を離した。お互いに無言のまま視線を合わせて、どこかぎこちない笑みを向かい合わせる。

「さぁ、俺は行ってくるよ。蓮二の為に。」
「参謀の為に、か?」
「あぁ。」

外から聞こえる人間の悲鳴と、狂ったような高笑い。それを止めねばならない。それが柳の願い。ならば止めたい、と幸村はICチップを──柳の記憶を大切にポケットにしまうと足を進めた。

「幸村、お前さん参謀の事…。」
「仁王。知っているかい?」

一度仁王に背中を向けた幸村だったが仁王の台詞を聞くなりゆっくりと振り向いた。その先を言わせまいと。

「俺たちみたいなアンドロイドに感情なんてない。あるのは『完成』されたプログラムだけだ。」

そう言いながら笑みを浮かべた幸村の表情は、どことなく哀しさが滲んでいた、と仁王は感じた。幸村の表情を見て胸が引き裂かれるように感じたのも作り物なんだと、仁王もまた微笑を浮かべ直した。

「じゃあ全てを終わらせてくるよ。」

そして幸村は再び歩き始めた。ゆっくりと、しかししっかりと。


ダ・カーポ。


そして。


フィーネ。




「赤也…。」

振り返った赤也の瞳は真っ赤に充血していた。
口元はニヤリと笑みを浮かべていたが、瞳からはぽたぽたと雫が流れていた。






Fin...


fine(フィーネ):音楽用語、D.C.で戻ったものを終わらせる







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