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抑えられない感情。一度ついた火が鎮火するのには時間が掛かって、どこかでもう一人の自分が『止めろ』と言っているのに聞こえはしない。

「ぶっ潰してやるよ。」

慄(おのの)く人間たち。いい気味だ。みんな消えてしまえ。消えろ消えろ消えろ。全て消えて無になってしまえばいい。真っ暗な闇に染まってしまえばいい。

全てを制裁してやるよ。





『D.C.』




「赤也。またか。」
「柳先輩…。」

後ろに気配を感じて赤也と呼ばれた黒髪の少年は振り返った。緑の瞳に映るは長身の黒髪の男。伏せられた瞳からは何も感じ取れないにしても、明らかに『飽きれた』という様子は伝わってきた。赤也の前には無残に転がる『人間だったもの』。真っ赤に染まった手から、つつっと地面に落ち続ける誰のものとも取れない血液。

ふらり、と赤也の足が柳に向かう。ぺたぺた、と足音が妙に響いたような気がしたのは、きっと柳の気のせいなのだろう。柳の前で足を止めた赤也はじっと自分よりも身長の高い柳をじっと見上げ、そしてぽてり、と柳の胸に凭れ掛った。

「へへっ、またやっちゃいました。」

声は明るさを保っているものの、きっと顔は哀しみと後悔に歪んでいるのだろう。ように赤也の体は小さく震えていた。

「………。」

柳は何も答えず、しかし代わりにぽむぽむと赤也の背中を撫でた。まるで子供をあやすかの様に優しく撫でられる感覚に、赤也は言葉もないままぐっと強く拳を作った。

「俺……どうしたらいいんスか……?」

顔を上げないまま、赤也が縋るように問いかけてくる。後悔するならばそうしなければいい、と人は言うだろう。しかし赤也にはそれが出来ない。一度感情のストッパーが壊れると自分の意志で元に戻すことが出来ないのだ。それが赤也が『不良品』と呼ばれる原因だった。赤也は人間の勝手で作られたアンドロイドたちの、しかもプレミアムの付けれられたひとりにも関わらず不良品扱いを受けていたのだ。
プレミアムの付けられたアンドロイドたちは、それぞれが優秀な能力を兼ね備えていた。力に優れた攻撃型のアンドロイド。優秀な頭脳を持ったアンドロイド。運動能力に長けたアンドロイド。人間さえも敵わない器用さを持ったアンドロイド。魔力を持ち人間さえ操るアンドロイド。そして、全てを超越したと言われ神の子として崇められたアンドロイド。
プレミアムの名を付けられるには、それ相応の『何か』が必要不可欠だったのだ。しかし、赤也には、少なくとも赤也自身にとって自分にはその『何か』が見つからなかった。自信はある、と人前では言えても、実際の自分に何があるかと問われれば、何も答えられない。今回の惨劇もそうやって人間たちに不良品扱いされたことで起きた哀しい事実だった。

「お前はお前のままでいい。」

相変わらず柳は赤也の背中を撫でていた。ただただ、それ以外に方法が見つからないのか。ただただ。柳も赤也もアンドロイドだ。お互いに体温を持っているはずもない。なのになぜか、赤也は胸の奥に灯るような温かさを感じた。ぎゅっと締めつけられるその温かいものからか、なぜか涙が溢れてきて止まらなかった。これも俺が不良品だからなのだろうか。だから自分の意志で涙が止められないのだろうか。そんな感情を抱きつつ赤也は目の前の自分より細い、しかし自分を包んでくれるような人に縋ることしかできなかった。



**



「最近、仕事をほったらかして何をしているんだい?」

柳が研究所を歩いていると、突然に声を掛けられた。振り返ったそこには青の美しい髪を持った男が微笑みを携えていた。男、と表すには勿体ないほどの美しさ、これが神の子と称えられた威厳か何かなのだろうか、などと柳はどこかぼんやりと考えた。

「仕事を放っておいた覚えはない。俺はただ命じられた事のみをやっているよ。」

その神と崇められた相手とでさえ柳は対等に会話をする。それはあるひとつの意味を表していた。ただのアンドロイドが最高級のアンドロイドと会話が出来る筈もない。つまり、柳もプレミアムの付いたアンドロイドだということだ。プレミアムの付いたアンドロイド同士ならばそれは不自然なことではなくなる。つまりそう言うことなのである。

「俺にはそうは見えないけれどな?ただ彼を、赤也を甘やかしているように見える。」
「気のせいだろう。」

深く青い瞳に見据えられ、柳ははぐらかすように視線を外した。彼の深い深海のような瞳の奥には恐怖さえ潜んでいることを知っているからだ。柳の今置かれている状況を理解している相手だからこそ、尚の事柳は真実を知られるわけにはいかなかった。相手がそれ以上の言葉を続けないのを確認して、柳は『話がないなら行くぞ。』と相手に背中を向けた。


「お前は赤也を潰すつもりか?」

数歩歩いたところで再び声が掛けられた。低く、淡々と告げられたその言葉がずしりと胸を軋めた。

「……。」

無視するにはあまりに的確な言葉で、反応するにはあまりにも惨い事実だった。ただ足を止めたままの柳の後ろから、こつり、こつりと足音が近づいてきた。そして真後ろで止まる。

「もしもお前が嫌だというなら今からでも遅くない。止めたって構わないんだよ?お前の代わりはいないんだ。」

相変わらず淡々と告げられる、しかし優しさを含んだ、まるで引き止めるかの様な言葉。その言葉でようやく柳は振り返る事を許されたような気がして、そっと振り返り幸村の瞳を見据えた。

「そうだな。だが、それを言うなら赤也の代わりもいないという事も胸に留めておいてくれ。頼む、精市。」

その言葉を聞くなり彼、精市と呼ばれたアンドロイドは哀しく微笑んだ。そして『そうだな。』とひと言だけ呟くと柳の肩を叩いて横を通り過ぎて行った。名残惜しむように青い髪が靡いて、どうしてか柳は申し訳ない気持ちでいっぱいになったのだった。



**

コツコツと鉛筆の滑る音だけが響く。柳は何かを夢中で計算しているようだった。薄暗い部屋。ぼんやりと灯った光の下でノートに並んだ数字の羅列。それは1秒1秒と時間が進むたびに確実に増えていく。

「のう?そろそろ飯でも食わんか?参謀。」
「……もう少し待ってくれ。」

この台詞も何度目だろうか。後ろから声を掛けた銀髪のアンドロイドはため息をついた。実際人間のように空腹という感覚がない事がこういう時に悔やまれる。息の詰まる状況から抜け出したいというのに抜け出せない。

後ろから声を掛けたアンドロイドもまたプレミアムの付くアンドロイドだった。魔術者とも詐欺師とも道化者とも、さまざまな異名を持つアンドロドイドだ。彼は柳を参謀と呼び、そしてよく一緒に行動をしていた。というより、手を組んでいたという方が正しいのだろうか。彼の悪だくみを柳が手伝い、柳の仕事を彼が手伝っていた。互いにそれなりの疎通が取れる相手だと認識しているのだ。

「柳せんぱーーーい!!」

途端、ばたん!と勢い良く部屋の扉が開かれた。ビクッと二人の肩が揺れ、さっととビラに視線を向けるとそこには明るい赤也の笑顔があった。

「あ、仕事中……でした…?」

赤也が二人の状況を把握したのは柳の名前完全に呼び、しかも数拍たった後で、おずおずと赤也は問いかけた。

「いや、もう終わらせようと言っていたところだ。」

『正確には俺が、な。』と心の中でだけ思い、銀髪のアンドロイド──仁王は拗ねたように顔を背けた。ば、きっとそれこそが『幸せ』なのだろうと。そして自分は永遠にそれを支えてやれたならばと、思うのだった。

「さて、柳生のところへでも行くかのぅ。」
「……面倒を増やすなよ。」
「……プリ。」

赤也と会話をしていた筈の柳に咎められながらも仁王はその部屋を後にした。





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